アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #17「Moonlight Cooler ①」
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「標的に直接潜入、ですか」
ナイツロード本部上層、ブリーフィングルーム。
十数名の兵士が
スクリーン横に立っていたフェフは、呟きを聞いてデルタへと目を向けた。背筋を真直ぐに伸ばして椅子に座し、真剣な面持ちでこちらを見つめる少年はまるで優等生だ。
「そのとおり」
それにつられて、教師のように肯定したフェフは端末で、スクリーンに地図を出した。
本部周辺海域を拡大したもので、大西洋の中心に本部の位置が点で示され、右にヨーロッパ大陸とアフリカ大陸、左にアメリカ大陸がある。地中海から大西洋に向けて、赤い点線が引かれていた。
フェフは、その線をレーザーポインターでなぞる。
「ターゲットは約3時間前にジブラルタル海峡を通過。現在、45ノットで大西洋カナリア諸島沖方面へ潜行していると思われる。この分だとエーカーの予告通り、今夜には本部要塞に到達するだろう」
レーザーポインターは赤線から離れ、本部の沿岸を指し示した。
「作戦としては艦船で標的へ接近した後、俺の部下が魚雷で標的の足止めを行う。その隙にメンバーは潜水し標的に侵入。見張りの人造兵を避けている余裕はないので、見つけ次第交戦、殲滅。標的の停止とエーカーの無力化を並行して行う」
ポインターを揺らしながら、フェフは口早に作戦概要を伝える。
言葉が止むとすぐに、フェフの部下の一人が手を上げた。フェフは無言で顎を上げて質問を促す。
「直接魚雷をブチ込んで撃沈、ってのはナシですか?」
「ああ。ナシ……というより不可能だな」
フェフは肩を竦めた。そのまま手元の端末を操作して、スクリーンの画像を遷移させる。
兵士達の目の前に、白黒の船体図面が映し出された。
「迎撃魚雷、
スクリーンに映った図面の上部には「Wolrd Defense Organization」と「Zothique」の文字が並べられ、上から「Top secret」の判が目立つように捺されていた。
その印が、ナイツロードの人間が見る筈の無いものが目の前にあることを強く自覚させる。
同時にこれが、WDO側ができる最大の援助であることを示していた。
「法力水爆とやらに関しては?」
スクリーンに目を向けたまま、イクスが質問を飛ばした。座り方は普通だが、何より全身から放たれる威圧感が凄まじい。年齢の割に老け顔なのも相まって、不良というよりマフィアのそれに近かった。
フェフは萎縮しないように気を保ちつつ、回答する。
「そいつは実物のゾティークにも搭載されていないものだ。規模も設置箇所も、そもそも存在しているのかどうか不明だが……」
「もし、存在が確認できたとすれば?」
「当然、最優先で無力化する。さすがにツァーリ・ボンバほどじゃないだろうが、本部に突っ込まれたら一瞬でお陀仏だ。付近で爆発するだけでも、衝撃波は凄まじい」
「だから、私が防衛に回る」
群衆の後ろで説明を聞いていたヴァレンティナが声を出した。
兵士たちは一斉に振り返り、声の主に顔を向ける。
「私でも、あれほど大型で守りも硬い船を単独で破壊すんのは難しいからな。もし付近で水爆が爆発した時に備えて、衝撃を軽減させる」
指の骨を鳴らしながら、給仕服の女はそうのたまう。普通は、戦艦の破壊よりも水爆の衝撃波を止める方が無理難題なのだが。
「他の幹部連中も本部の防衛が最優先だ。攻撃はお前達に任せる」
ヴァレンティナは群衆に言って聞かせた後、「本当は野郎を直接ぶっ飛ばしたかったが……」と不機嫌そうに付け足した。エーカーを逃したせいか、言葉は普段通り冷静な反面、声音には隠しきれない怒気が篭っている。当然、それを声をあげて指摘するほど、フェフも他の兵士も命知らずではない。
「それで、役割分担だが」
フェフは部屋を見回した。
頭数は自らの部下である火力支援分隊の数十名に加え、WDO幹部訪問時の警備指揮を任されていたデルタ、コソボからアルドロを運んで来たイクス。
万全とはいかなかったが、この混乱の中でかき集めたにしては悪くない面子だ。
「さっき伝えた通り、俺の部下は魚雷艇で戦艦の足止め、イクスは単独でエーカーの始末。俺とデルタは人造兵の排除と法力水爆の捜索および停止だ」
フェフはイクスに視線を向ける。
「……できそうか?」
フェフのかけた言葉には、
そんな気がかりを余所に、イクスは表情一つ変えずに答えた。
「任務ならばやるだけだ」
頼もしい返事を受けて、フェフは口角を上げる。
少なくともこの男は、エーカー相手に何もできず死ぬような奴ではない。
「それじゃ早速、標的の位置まで移動を——」
フェフが号令を出した時、会議室のドアが音を立てて開け放たれた。
群衆が一斉に入り口を見やる。
本人の気質をそのまま表したような、跳ねっ返った黒髪の少年が入り口に立っていた。
病室に送り込まれたはずの、アルドロ・バイムラートだった。
「オレも連れていけ……」
視線が集まる中、アルドロは低い声で堂々と謳った。