A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #10「Ground Zero④」

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「問題ない、ということでいいかい?」

 通信端末に向けて、レイドは何度目か分からない確認の言葉を口にした。

「ああ——いや、問題だらけなんだが、少なくとも身の危険はない。俺も、ルナ達にも」

 通信先のグーロの声は疲れ切ってはいたが、いたって平静であった。
 その声音を聞いて、レイドはひとまず安堵する。
 
 グーロとの通信が回復したのは、アルドロが第3支部より脱走してから約2時間後のことだった。
 南ア軍から乗員の降機を拒否されたヘリは、当然ナイツロード本部へ戻るだけの燃料もなく、南ア内陸のレソト王国緊急着陸した。首都マセルのメジャメタラナ飛行場に着陸したグーロ一行を出迎えたのは、国防省の長官だ。
 当然、南ア軍からの圧力を警戒したグーロだったが、驚くことに長官は快くグーロ達を匿った。
 レソトは軍部と警察機構が不仲なことで知られ、2年前にはクーデター騒ぎもあった程だ。今もなお緊張状態は続いている。有事の時の為、今のうちにナイツロードに恩を売っておきたいのだろう。

「早速、軍事教導の依頼があった。輸送機と歩兵火器の注文もな。俺じゃなく本部を通してくれと再三言っているんだが……」

 グーロは不慣れなお偉い方との応対に、ほとほと困窮しているようだった。単純な殴り合いならばともかく、腹の中を探り合う交渉事とはほとんど無縁の男だ。
 今すぐにでも代わってやりたいところだが、生憎レイドも今は手が離せない。

「その件は事務に取り次がせるよ。戻ってこれるかい?」

「燃料の補給に時間がかかる。すぐには無理だ」

 グーロの返答とほぼ同時に、別の端末に着信が入る。イクス・イグナイトからだ。

「すまないけど、こっちでもトラブルがあってね。くれぐれもお相手に失礼のないよう、エレク達を見張っておいてくれ」

 隊長の深い溜め息を聞かなかったことにして通信を切ると、イクスからの着信に出る。
 移動中なのだろうか、風を切る音がスピーカー越しに耳に入った。

「アルドロを連れ去った奴が分かった。レジーだ。監視カメラに映像が残っていた」

 通話が繋がるなり、イクスは口早に話した。
 レイドの頭の中に、赤毛の青年の顔がはっきりと浮かび上がる。

 レイニー・フランダ. Jr。
 元米海軍第2艦隊司令官、フランダ大将の息子。
 10代の頃に親元を出奔し、フリーの傭兵として各地の戦場を転々とする。およそ1年前にナイツロードに入団。
 セントフィナス王女護衛任務に、エーカーと共に参加。

 エーカーとの関係は不明だが、何らかの繋がりはあるのだろう。
 でなければ彼がこのタイミングで、本部から第3支部にまで出向いてアルドロを連れ去る理由がない。

「行き先は?」

「分からん。が、恐らくは——」

コソボか……」

 各国に展開しているナイツロードの諜報部がエーカーの所在地を割り出し、暗殺部隊「ソハヤ」が現場に向かったのが数時間前。レジーがエーカーの思惑で動いているのなら、彼らも今頃は現地に到着しているだろう。だが、そこで何をするか——アルドロをどうするかまでは皆目見当がつかない。

「俺も今向かっているが、もう戦闘は始まっているだろうな」

 イクスの報告を聞きつつ、レイドは歯噛みした。

 対応が後手に回っている。
 エーカーの描いた筋書きの上を走らされている——その感覚を味わい続けている。
 どうにかして奴の思考の裏をかき、先手を取らなければならない。

「そちらは頼みます、イクスさん」

「お前はどうする」

 イクスの問いに、レイドは目を鋭くさせた。

「本部内での調査にも限界がある。こうなった以上は、別の面からもアプローチが必要だ」

 その言葉にイクスは、エーカーのもう一つの居場所を口にする。

「——英国か」






















 戦況は一方的だった。
 戦闘が始まってから数十分経過していたが、それは最初から誰の目にも明らかだった。

 突っ込むだけのアルドロを、エーカーは片手間のようにあしらう。
 正面から。背後から。上から。影の中から。
 あらゆる方向から、アルドロは攻撃を行う。しかし、その攻撃は常に直線的で、簡単に防がれた。

 その中で、エーカーは思い出したかのように、片手の刀で攻撃を放つ。それが、アルドロの体に傷をつける。
 本気は出していない。まるで飼い犬と戯れているかのように、アルドロを弄んでいる。

 エーカーが全力を出せば、一瞬でケリがつくだろう。
 それはアルドロにも分かっていたことだった。

 そう——あの任務で初めて出会った時から、分かり切っていたことだ。

 いくら全力を尽くそうと、男の(のど)に刃が届くことはない。
 何故ならば、男には傭兵としての力も才能もあるからだ。
 対する自身には——アルドロには、そのような素質など微塵もない。

 だからこそ、アルドロにはエーカーの裏切りが許せなかった。

 雄叫びを上げながら、もう何度目か分からない突撃を繰り返す。
 フェイントをかけようとしたアルドロだったが、既に傷だらけの体が思考に追いつかず、たたらを踏んで倒れる。

「おい、もうバテたのか?」

 地に伏した少年を見下ろしながら、挑発の言葉をかけるエーカー。多少息は上がっていたが、まだまだ動けそうだ。
 対するアルドロは、取り落とした剣を再度握ることさえかなわなかった。

 少年が最早動くこともできないことが分かると、エーカーはつまらなそうに溜め息をつく。
 そのままアルドロの前に立ち、ゆっくりと刃を振り上げた。

 エーカーが振り下ろした刀は、アルドロの首を搔き切る代わりに空を切る。
 刃先に圧縮された法力が解き放たれ、青白い閃光となって猛然と宙を突き進み——

 ——そのまま、計器裏に隠れていた人影を切り裂いた。

 短い悲鳴の後、赤い鮮血を撒き散らしながら、黒装束の男が(たお)れる。
 瞬間、エーカーの周囲を同じ装束の兵士達が3人、音もなく現れ取り囲んだ。

「レジーの奴、しくじったのか——」

 動揺を口にしつつも、エーカーの対応は落ち着いていた。
 黒装束の1人が繰り出した短刀を打ち払い、返す刀で胴を両断する。

 その隙にエーカーの背後に控えていた2人が、首元に刃を突き立てようとしたが、徒手から繰り出された法力の槍に貫かれる。

 目の前に、あっという間に3人の死体が積み上がった。
 エーカーに対する敵意を剥き出しにしていたアルドロが、思わず感服の念を抱くほどの早業(はやわざ)だ。

 その様子をどうすることもできず、ただ地面から見ていたアルドロだったが、

「——後ろだ!」

 エーカーの背後に映る影を目にし、叫びが口をついて出た。

 その叫びに反応してエーカーが振り返るより早く、影は真後ろに到達して動きを止める。
 違和感を感じ、エーカーは(うつむ)いて自らの体を見やった。

 赤く染まった刀が、自身の胸の中心を貫いていた。