A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #12「Screwdriver①」

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 ほとんどの施設の灯が落ち、あるいは光量が弱められ、多くの団員が眠りにつく中。本部最上階に位置するナイツロード団長室は真昼のように明るかった。

 明々と光る蛍光灯の下でレッドリガは一人、デスクの後方に腰掛けている。
 見た目の権威よりも機能性を重んじたデザインのデスクだったが、ひとたびレッドリガが座れば、それは貴族の書斎机のように格式高いもののように見えた。その中心に、レナから渡された資料が置かれていた。
 例によって張り付いたような笑みを浮かべながら、レッドリガは書類を手に取り眺める。
 何かを惜しむような、あるいは懐かしむような——何とも形容しがたい表情だった。

 不意に、団長室の扉がノックもなく開く。

 レッドリガがゆっくりと顔を上げると、そこには一人の男がいた。
 その姿は記憶と大きく様変わりしていたが——資料に載った人物と同一であると判るくらいには、原型を留めていた。

「よぉ、団長サマ」

 断りもなく団長室に入ってきた男——イリガル・エーカーは、自らの上司へ向けて軽く挨拶を飛ばす。

「おや、警備は普段より厳重にしていたのですがね」

 対するレッドリガは暗殺対象者の予期せぬ訪問に、しかし驚く素振りもなく返す。
 エーカーは煽るように鼻を鳴らして、窓の外を見た。

「ここの廊下は月明かりがよく当たる(・・・・・・・・・・)。カーテンくらい付けたらどうです」

「——そうですね、考えておきましょう」

 レッドリガは肩を竦め、冗談めかして答えた。

「それで、どのようなご用件です?」

 団長の質問に、デスクに置かれた白いグラジオラスの生け花を横目で見つつ、エーカーは笑顔のまま告げた。

「言わずとも分かるでしょう——宣戦布告ってやつですよ」

 エーカーがその言葉を吐いた瞬間、建物中に甲高い警報が鳴り響いた。
清潔感のある白を保っていた団長室は、警告灯によって即座に赤く染まり、二人の顔を返り血のごとく照らす。階下の団員が一斉に起き上がったのか、地鳴りのような振動音が足元から()り上がる。
 直後、デスクに取り付けられた端末から、警備部隊のセーラの声が放たれた。

「ミサイル攻撃です! 北東の方角から、確認できるだけでも5機……終末航程まであと120秒!」

 早口で(まく)し立てるセーラの報告を、レッドリガは物珍しそうに聞き、落ち着き払って指示する。

「迎撃の用意を」

「それが——対空ミサイルは支部に回っています」

 レッドリガは慌てる様子もなく、なるほど、と一人納得した。
 WDO幹部の訪問に伴い、物騒な装備は支部へと移動させ、あるいはすぐに目のつかぬ場所にしまい込んである。それが裏目に出たのだ。
 これはしくじりましたね、レイド団員——とレッドリガは内心で笑いつつ、セーラに命じる。

「ではシールドの展開を。同時に、各員は第一種戦闘配置に移行するよう通達して下さい」

「——了解」

 セーラとの通信が切れ、警報が音調を変える。同時に、外のジェネレーターが轟音と共に起動した。
 本部施設防衛用の魔法障壁。本来天性の才能と法術学の習得を必要とするものを、誰でもスイッチ一つで使用できるよう、ルナ・アシュライズを筆頭とした開発班が作成したものだ。
 大規模な法術特有の電気が弾けるような音が、要塞全体にこだまする。警備兵の靴音と怒号がそれに重なる。さっきまでの静けさが嘘のように、様々な場所で喧騒が起こった。

「しかしまた、随分と剣呑ですね」

 その騒ぎを対岸の火事を見るように眺めていたレッドリガは、エーカーへと向き直る。
 エーカーは相変わらず笑みを湛えたまま、鷹揚(おうよう)に両手を広げて見せた。

「まだまだ口火ですよ。明日には、ご注文の品がこの場所に到着します。——法力水爆とご一緒に」

 エーカーの狂気的な笑みが、激しい光で照らされた。
 ミサイルがシールドに激突し、空中で爆発が起きたのだ。凄まじい鳴動が本部を襲う。
 窓の外が昼間のように明るくなり——再び元の闇夜に戻る。

 刹那の静寂の後、口を開いたのはレッドリガだった。

「ここまでの働きの上、わざわざご足労まで頂いたのです。ここは礼を尽くして見送るべき、なのですが——」

 そこで言葉を切ったレッドリガは、ひどく緩やかな動作で手を組む。
 それを見たエーカーの顔から、笑顔が消えた。

「——死んだ団員の仇くらいは、打っておかねば示しがつきませんのでね」

 レッドリガの静かな宣言と共に、何かが団長室の天井を砕き、エーカーに向けて降り注いだ。
 瞬時にエーカーは法力を込めた左手でそれを受け止めようとしたが、物体に触れた瞬間、左手はあらぬ方向に捻れていく。

 落下物はそのまま、団長室の床をドリルのように削り、下層へ突き抜けていった。