A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #14「Full House ①」

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「法力水爆だって?」

 フェフからの報告に、レイドは終始驚きっぱなしだった。

 エーカーの潜伏先での巨大海中戦艦と人造兵の発見。
 本部への急襲。エーカーとヴァレンティナの戦闘。
 ソハヤの全滅。アルドロの負傷。レジーとセーラの死亡。
 エーカーの能力の変化。
 ——そして、エーカーから団長に向けてその存在が語られた、法力水爆。

「ああ。それを乗せた海中戦艦が今夜、本部に到達するらしい」

 端末の向こうのフェフもまた、声音に狼狽の色を隠さず答える。

「本当なんですか?」

「団長がウソ言うわけないだろ」

 フェフの反論に、レイドは小さな猜疑心を抱く。レッドリガが素知らぬ顔で虚偽を口にする人間であることを、レイドはよく知っている。
 しかし、彼が虚言を行うのは、決まって目的がある時だけだ。単なる酔狂で冗談を口にしたりはしない。その点に関しては信頼できた。

「万が一そいつが効果範囲内で爆発すれば、間違いなく本部施設は消し炭になる。純粋水爆だから放射能汚染の被害はないが、爆発の規模によっては沿岸国に被害が出るかもしれない。今、幹部連中が対応策を協議中だ」

 起爆に核融合の代わりに法術を用いた法力水爆は、未だ理論のみの兵器の筈だ。
 早くに法術の存在を認知していた連合国でさえ、第二次大戦直後から法術の研究を続けてもなお、未だに解明できていない。そんな不安定なシステムを、水爆という大量破壊兵器に組み込むわけにはいかない。その道のエキスパートであるルナ・アシュライズも、地対空迎撃ミサイルに組み込むまでに留まっており、大量破壊兵器への法力の実装には、管理の煩雑さと安全性を根拠に異を唱えるはずだ。
 例え預かり知らぬところで製造技術が確立されていたとしても、資金や開発環境の問題がある。何より存在が露呈すれば、国際的に大問題になることは想像に難くない。
 
 そんなものがどうして、国や企業の補助から程遠い存在であろうエーカーの手元に在るのか、理解が及ばない。
 だが、単なるフカシにしては余りに物騒すぎる代物だ。

「分かりました。用件が済み次第、すぐ本部に戻ります」

「ああ——お前、本部にいるんじゃなかったのか?」

 フェフの疑問に、遠くに見える時計塔を眺めながら、レイドは返した。

「エーカーさんの件で、調査が必要だと思いまして」






















 ロンドン南部、クロイドン区。
 クイーンズストリート墓地の傍近(ぼうきん)は、霧のない日中にも関わらず、異様な静けさと薄暗さを呈していた。
 煉瓦造りの家屋が軒を連ね、アスファルトに冷たい影を落としている。家屋は新しくもないが、歴史を感じさせるほど古くもない。
 通行人はなく、クロウタドリが数羽、路上で何かをついばんでいた。

 そんな陰気な路地を歩いていたレイドは、立ち並んだ建物の一角で足を止める。

 寂れた門戸をくぐると、赤暗い洒落た内装と微かな酒の匂いがレイドを出迎えた。
 よく清掃の行き届いた酒場だった。一目見てそれが判ったのは、店主一人を除いて客が皆無だったからだ。
 店主のほうも、洒落た店の内装とはあまり似つかわしくない、子供と見紛うような幼さを残す女性だ。カウンターの裏でグラスを磨いていた女性は、歓待の言葉をかけることもなく、無言でレイドの方をちらりと見る。
 レイドもまた、沈黙を貫いたまま女性の目の前の席に腰掛けた。

「ご注文は?」

 レイドが座った瞬間、女性は投げかけるような声音で尋ねる。透き通るような白い長髪と無愛想な物言いに、レイドは誰かに似ていると感じた。が、肝心のその誰かを思い出せず、代わりに店主の問いに答えることに頭の容量を割いた。

「……えぇと、ミルクで」

 レイドの注文に眉ひとつ動かさず、女は冷蔵庫から紙パックを取り出し、グラスに注いでレイドの目の前に置いた。

 再び沈黙がその場を支配する。
 店内にはラジオ放送も音楽も流れておらず、それが殊更静寂を助長していた。
 白い水面を見つめながら、レイドはゆっくりと口を開き、沈黙を破る。

「イリガル・エーカーという男を知ってますか」

 問いかけながら、レイドは水面ごしに女性の反応を伺った。

 エーカーがこの店に頻繁に出入りしていることは、諜報班の調べで分かっている。それもここ最近の話ではなく、開店した当初からだ。
 Mi6本部があるヴォクソールの目と鼻の先ということも相まって、彼がこの店を諜報活動の拠点の一つにしていることは、誰の目から見ても明白だった。

 だが、あの男のことだ。最低限の口止めはしているだろう。
 レイドが期待していたのは、表面的な答えではなく、裏側に垣間見える微かな変化だった。

「ああ、エーカーさんね。ここの常連だけど——知り合い?」

 しかし予想に反して、女性はあっさりと白状する。
 否定や濁しの言葉を待っていたレイドは、ストレートな返答に面食らった。

「ええ、まあ。そんな関係です」

「じゃあ次会ったらあいつに言って頂戴。ツケ払い終わるまで酒は出さない、って」

「はぁ……」

 心底辟易した様子で忠告する女性に、レイドはやや気後れしつつも、頭の中で所感を整理する。

 嘘は言っていない。少なくとも彼女は一般人だ。
 エーカーの縄張りの中にいる人間ではあるが、仕事に関しては部外者なのだろう。彼の今の状況を知っている風でもない。

「彼について何か知っていることは?」

「何よ、その漠然とした質問。あなた警察の人?」

 レイドに対する疑いの言葉は、しかし彼女にとってはどうでもよい事のようで、すぐに二の句を吐き出した。

「そうね、Mi6の職員なのは知ってる。仕事が仕事だからそれ以上のことは知らないけど。ケチで口が悪くって、金は払わないし禁煙だってのに葉巻吸うし……ダメな大人の見本って感じかしら」

 彼女が並べ立てた愚痴——もとい、エーカーに関する知識は、取り立てて特別なものでは無かった。
 所属は別として、彼女のエーカーに対する心証はナイツロードの団員達のものと大差ない。所属に関しても、彼はこの近辺ではMi6の人間ということで通しているに違いなかった。

 情報を引き出すには、こちらも一歩踏み込む必要がある。
 レイドは、その視線を白い水面から女性の顔へと移し、口を開いた。

「彼は今、危険な状態にある。そのことは知ってますか?」

 女性のグラスを磨く手が止まる。
 再度訪れた沈黙は、先程より重く、沈鬱なもののように思えた。
 しかし、それも一瞬のことで、女性はすぐに作業を再開しつつ答える。

「……まあ、そんなことだろうと思った。ツケを返すなんてあの人らしくないもの。250ポンドじゃ全然足りないけど」

 女性の声には、呆れと諦めが入り混じっている。
 その視線は手元のグラスではなく、どこか遠くの方を向いていた。

「あの人はね、私の両親を殺したの」

 続く女性の吐露に、レイドは言葉をなくした。
 その事件はいつ、どこで起き、何故そんな過去があるのにも関わらず、彼女はエーカーを客として迎え入れているのか。すぐにレイドの頭の中には山ほどの疑問が浮かんだが、それらを口にすることは叶わなかった。口を挟む間も無く、女性が言葉を続けたからだ。

「さっきも言った通り、彼がどんな仕事をしているかまでは知らないわ。ただ、彼が言うには贖罪(しょくざい)を行なっている、と」

 女性はそこで言葉を切り、笑みを浮かべる。

「彼がそういう状況ってことは、多分——もうすぐ終わるのね」

 それは嘘偽りのない心からの笑顔であると同時に、見ている此方(こちら)が痛々しく思えるような笑顔だった。
 晴れやかな表情を浮かべる女性を余所に、レイドは俯いて疑心と怒りを抑え込んだ。

 奴のしている行為が、(あがな)いのはずがない。
 危険な兵器を造り、ナイツロードを襲い、あまつさえ同僚を殺す行為のどこが贖罪なものか。むしろ、重ねた罪を更に上塗りしているようにしか思えない。
 たとえそれが巡り巡って彼女の心を救うことになるのだとしても——それで彼を(ゆる)すわけにはいかなかった。

 レイドは目の前に置かれたミルクを一口で飲み干し、冷静な思考をとり戻す。

 まずは、本部に戻らなくては。
 今夜のエーカーの攻撃に備え、彼を捕らえて問い(ただ)すだけではない。

 あの秘密主義の団長に会わなくては。
 レッドリガならば、エーカーの過去を知っているはずだ。彼が今どういう目的で、何を為そうとしているのかも知っているはずだ。そうでなくては、彼の凶行をここまで看過している理由がない。
 やはり、団長を直接問い詰めなくてはならない。

 ともかく、エーカーがもうこの店に現れないと分かったのは、一つの収穫といえた。
 レイドは代金をカウンターに置き、席を立つ。

「次はお酒を頼みなさいな。ニエべくらいなら作ってあげられるから」

「ええ、酒に強い友人を連れてきます」

 女性は苦笑すると、足早に去っていくレイドの背を見送った。





















 店を出た瞬間、レイドは黒服の男数人に取り囲まれた。

 つい先ほどまで閑散としていた路地は車で塞がれ、クロウタドリはすっかり姿を消している。
 天上の日は傾きかけて、家屋の落とす影がその面積を増していた。

 レイドを囲んだ黒服の中の一人が、手帳を広げて見せる。

「警察です。ご同行願います」

 手帳こそスコットランドヤードのものだったが、彼らの出で立ちは明らかに警察ではない。警察にしては、こちらを見つめる視線も服の下に隠した武装も、剣呑に過ぎる。だが金目当てのゴロツキやギャングのような、ならず者集団とも違う。血生臭い荒くれとは真反対の人種だ。
 思い当たる組織は一つしかなかった。

 レイドは両手を挙げつつ、

「酒場に入っただけなんですけど……未成年にでも見えました?」

 冷ややかな笑顔で皮肉を飛ばした。