A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #19「Moonlight Cooler ③」

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 人造兵を薙ぎ倒し続け、武器庫に辿り着いたフェフとデルタは、格納された魚雷群の中に(そび)える球体の塊を発見した。
 直径10メートルほどの黒色の球体は、周囲の魚雷と比べても明らかに堅牢なつくりになっている。その無機物のカタチは、直線的に進んで対象物を破壊するという魚雷のものとは一線を画しており、何をしでかすか分からないという不気味さを漂わせていた。

「ビンゴ、だな」

 フェフが人知れず呟く。
 間違いようもなく、法力水爆だ。
 球体の内側では、空気中に霧散しやすい法力を押し留め安定させる為の機構と、点火時に設計通りの効果範囲を(もたら)す為の機構が敷き詰められているに違いない。

「射出装置がないようですが……」

 デルタが球体の周囲を眺めながら呟く。フェフも、デルタを追うように球体を仔細(しさい)に眺め、顎に手をやる。

「形状からして射出するように作られてない。恐らくは自爆特攻の為のものなんだろう。管制も、誤作動を防ぐ為に司令室からしか通じていないはずだ。途中で命令を改竄されないよう、ブラックボックスを通してな」

「ここで解体できないってことですか」

「ああ。イクス達がエーカーを抑えるまで待つしかないな」

 フェフは左腕の腕時計を見る。
 タイムリミットまであと15分。それを超えれば、ナイツロード本部は水爆の有効射程範囲に入ってしまう。ヴァレンティナ達が防御の為に控えているとはいえ、実験記録どころか有史上に今まで現れたことのない法力水爆の被害がどれほどのもので、本部施設にどれだけの損害を与えるのか、一兵士には測りかねた。

「ブッ壊して、それで止まるのなら楽なんだが」

 フェフは呟きながら、法力水爆を見上げる。デルタの視線もそれに(なら)った。普段は乱暴なやり方を好まないデルタも、その意見には同意だった。
 楽観的な夢想にうつつを抜かしつつ、理性を取り戻して対処法を考えていると、再び手元の通信端末が鳴り響いた。イクスからの通信だ。

 すぐに、嫌な予感が2人を襲った。
















 イクスは、思わぬ足止めを食っていた。

 人造兵は問題にならない。所詮は劣化コピーの量産型だ。取り囲まれないように気を払ってさえいれば、イクスにとって突破不可能な障害にはなり得ない。
 だがアルドロを追って管制室に向かう途中で、不自然な扉にぶち当たった。でかでかと赤いマークと警告文が書かれたその扉は、他の内壁とは材質が目に見えて異なっていた。

「度々で悪いが、またトラブルだ」

「……今度は何だ?」

 通信機の向こう側から、聞きたくないというオーラを(かも)した音声が返ってくる。傭兵という職を長らく勤めているフェフのことだ。悪いニュースというものは直感で分かるのだろう。
 ならば遠慮はいるまい、という気概でイクスは報告を続ける。

「WDOから事前供与された情報に載ってない通路を見つけた」

「何だと?」

「レーザートラップだ」

 イクスは端末から顔を上げ、目の前に広がる物騒な遊具を見つめる。
 丸ガラスの向こうに見える通路は、四方の壁面から赤色の光線が伸びており、子供が赤いクレヨンで殴り書きしたような絵面を象っていた。
 光線はあくまで検知用で、出力は抑えられている。長時間触れなければ火傷はしないだろうし、法力を纏っているふうでもない。不可解なのは、既に侵入者が艦内にいることが分かっているのに、わざわざ侵入者検知用のトラップを敷いている点。それもエアロックに繋がる出入り口ではなく、管制室に通ずる途上に設置している点だ。

「触れたらどうなるか、分かるか?」

 フェフは質問を飛ばしつつ、眼前の球体を見上げる。
 まさか、こいつが起動する仕掛けじゃないだろうな。

 フェフの心配を杞憂だと伝えつつ、イクスは推測した。

「通路は鋼鉄製の気密扉で密閉されている。扉にはガラス窓がついているから、俺も先の状況を確認できた。気になるのは……このガラス戸、おそらく耐熱加工が施されている」

 イクスはガラス戸の向こうをつぶさに観察する。
 通路にはレーザーの網と共に、細長い棒状の装置が何十台と壁面に取り付けられている。音叉(おんさ)のような形状からして、何かしらの電波を放出する機械に相違なかった。何の機能もない、ただのフェイクにしては凝りすぎている。

「おそらくアレに触れれば——通路全体に誘電加熱が稼働する仕組みだ」

「まさか、マイクロ波ってやつか?」

 フェフは記憶の奥底に眠っていた家電雑誌の内容を思い浮かべた。
 通路は侵入者を検知した瞬間、即席の電子レンジに早変わりする。ヒトの身では、途端にタンパク質が凝固し、程なくして死ぬだろう。
 通過するには、レーザーに一切触れないか、管制室から電源を停止させるほかない。大柄な体躯のイクスでは、前者は不可能だ。装備を整えれば構いなく突破できるかもしれないが、当然、今はそんな持ち合わせはない。

「迂回路を探すが、時間がかかる」

 横穴でも開けてやれば近道できるだろうか。そんな思案の間にも、増援の人造兵が後方から湧いて出てきた。
 追っ手を相手しながら目的地にまで辿り着くというのは、イクスにとっては特段難儀なことではない。が、限りある時間内で、という条件付きなら話は別だ。エーカーを無力化するまでの時間も勘案しなければならない。

「アルドロは、そこを通ったと思うか?」

 フェフの問いに、人造兵を叩き潰す音を挟んで、イクスは再び気密扉を見つめる。

「奴の能力ならば、通過できてもおかしくはないだろう。でないと、既に中で茹で卵になっている」

「……それもそうだな」

 イクスと人造兵の戦闘音を耳に入れつつ、フェフは頭の中で考えを巡らせる。侵入時に抱いた違和感が膨れ上がっていた。

 相手(エーカー)から、侵入者を排除しようという意思が感じられない。
 罠だらけの艦内を予期していたが、憂慮していた自分が馬鹿らしく見えるくらいに仕掛けがない。人造兵の抵抗を除けば、ほぼ素通りの状態だ。一方で、誘電加熱通路の件からして、管制室には近寄られたくないらしい。WDOの資料にない機構ということは、エーカーの思惑によって設置されたということだ。
 ——何の目的で? 侵入者を仕留めたいのなら、わざわざ大掛かりな装置を作って目に見える障害にする必要はない。ここは通れませんよ、と敵に教えているようなものだ。足止め以上のものにはならない。

 あるいは——それが目的なのか。
 あの場所でイクスは足を止めた。フェフもデルタも、ナイツロードにいる大半の団員も、あの通路を越すことは叶わないだろう。
 だがアルドロは——影の中を移動できるあの少年は、通過できたかもしれない。
 ……まるで、アルドロ一人だけが辿り着けるようになっているかのようだ。

 フェフがそこまで思い至ったところで、不意に、艦内が音を立てて振動する。
 外部から攻撃を受けたり、何かに衝突したような無秩序な揺れではない。車を緩やかに停止させてアイドリング状態にした時のような、自然な振動だ。

「停止した……?」

 デルタの疑問を、手元の小型端末を見つめていたフェフは否定する。

「いや、浮上してるんだ」

 侵入地点を基準に計測された位置情報は、いつの間にか自分達が海面下数メートルまで近づいていることを示している。
 フェフは小型端末をつけている腕を下ろし、もう片方の腕を見る。腕時計は19時06分を指し示していた。

「奴が絶好調になる時間だからな」





















 単独で管制室に到達したアルドロは、静かに影から浮上した。
 室内は広く、暗く、艦の状況を伝えるモニターが夜星のように点滅を繰り返している。前面には巨大な窓が取り付けられていたが、それも海底の薄暗がりを映している。
 人造兵は一体もおらず、代わりに部屋の中央に男が一人、こちらに背中を向けて立ち尽くしていた。

 アルドロは、暗闇の中に佇む人影を敵意を込めて見つめる。
 それに応じるように、人影はゆっくりと振り返った。

「……馬鹿は死ななきゃ治らない、か?」

 聞き馴染みのある声と共に見せた男の面貌は、アルドロにとっては未だに見慣れない代物。
 口髭ひとつ無いだけで、記憶の中の顔つきとはまるで別人のように感じられた。

「あれだけ痛めつけても懲りないとは、呆れを通り越して賞賛に値するぜ」

 少しも賞賛の念が篭っていない声音で、わざとらしく手を叩くエーカー。
 アルドロは、その様子を微動だにせず見つめている。

「一つだけ訊くぜ——レジーは、あんたの仲間だったのか?」

 不意に発せられた問いに、エーカーの拍手が止まり、その表情から笑みが消えていく。

「そうだ」

 エーカーは低い声で答えた。その目はアルドロではなく、別の遠いものを見ている。

「ヤツを見出したのはこの私だ。いずれ私の役割を任せる候補の一人だったが——死んだ後で嘆いても仕様がない。何より、思わぬ代役が見つかったからな」

「代役?」

 役割云々の話は分からなかったが、何らかの仕事をエーカーから継ぐ人間であることは、かろうじて理解できた。レジーがそれに相応しかった、ということも。
 エーカーは緩慢な動作で右手を上げ、人差し指を立てて目の前に向けた。

「お前だ」

 アルドロは目を見開く。
 その様子を見て、エーカーは元のにやけ面に戻った。

「驚くよな? 頭を使うのも器用な真似もできない、肝心の戦闘も突っ込むしか能の無いお前に、私の後釜は無理だ。そいつは自分でも分かってるだろう」

 エーカーは小馬鹿にした口調でそう言って笑い、再び口端を平らにする。

「だが、目的の為なら手段を選ばない。あらゆる障害を意に介さず、泥水を啜って這いずってでも成し遂げるのがお前だ。現に、コソボで打ち負かされても臆せずにここまで来た。その点に関しては、レジーも私も敵わないだろう」

 その言葉の裏には、皮肉も嫌味もない。先ほどとは違う、心からの賞賛。
 待ち望んでいた筈の言葉に、しかしアルドロは毛程も喜びを感じなかった。アルドロの胸間をよそに、エーカーは言葉を続ける。

「お前をコソボに招いたのは、私の役割を継げるかどうか見極める為のテストだったが……動かせる駒がレジーだけってのが良くなかったな。結局お前は落第し、私も相応の失費をする羽目になった。まぁ、個人的な興味で計画を変える(なか)れ、という教訓だな」

 そこでエーカーは口を閉じ、両手を広げて見せる。
 アルドロというただ一人の観客を前に、その言動は役者のように大仰なものだった。

「だが、再び私の前に立つというなら追試も(やぶさ)かじゃあない。どうだ、お前がこちら側に付くならこの艦はここで止めてもいい」

 かつての間柄からは、予想だにしなかった誘い。いくら望んでも得られなかった、自身の力と存在を認める言葉。
 アルドロはそれを、困惑も怒りも抱かず、ただ落胆をもって迎える。

「——そうかよ」

 吐き捨てたアルドロは、おもむろに腰に提げた剣を抜き放った。

「そいつはお断りだ。テメェに指図されんのが一番ムカつくからな、クソジジイ」

 アルドロの拒絶に、エーカーは残念がるふうでもなく、寧ろ意気揚々と(わら)って指を鳴らす。
 それを合図に地面が振動し、周りの景色が沈んでいく。床がせり上がり、アルドロ達が上昇しているのだ。

「それじゃあ、後腐れなく死んでもらおう」

 エーカーは、そう言い放って笑顔を向ける。その一瞬だけ、かつて目にするたびにアルドロが反抗心を燃やした、あの時の顔に戻ったように見えた。

 断続的な振動音に、規律だった機械音が混じる。
 管制室の天井が円形に開き、アルドロ達は戦艦の外側へと出た。戦艦はいつの間にか海面に浮上しており、冷えた海風がアルドロの髪を揺らした。

 水平線は血潮のように赤黒く、中空は既に夜の(とばり)が下りている。
 そして2人の戦いを見定めるように、青く輝く満月が海面を見下ろしていた。
 月光が降り注ぎ、エーカーの体が眩く光る。

 能力の発動。

 凄まじい法力の放出に、しかし気圧されることもなく、アルドロは剣を構えた。
 航行は続いている。侵入時よりも低速だが、艦は確実にナイツロード本部に近づいている。法力水爆の爆破を許せば、それはロッテや皆の死を意味する。止めるには目の前の男を無力化、否、殺すしか無い。 
 今更ためらわないさ——笑顔をつくり、剣を握り直す。
 対するエーカーも、相手の心の(うち)を知ってか知らずか、笑みを浮かべたまま懐から折り畳み式の刀を抜く。

 しばしの沈黙のあと、両者の刃が交差した。