A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #11「Ground Zero⑤」

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 部下を囮にした陽動作戦以外ない——というのが、ナイツロード特殊戦闘小隊『ソハヤ』隊長メイフォアの出した結論だった。

 数時間、あるいは数日をかけて標的を追い込み、相手が疲弊したところを討つ、というのが彼らの常套手段だった。この方法で幾人もの要人を葬り、作戦を成功させてきた。
 だが、今回はそうもいかない。標的であるイリガル・エーカーは、一人の傭兵としてかなりの練度を誇る。本部から送られてきた彼のプロファイルや作戦履行歴からも、それは明らかだ。普段のやり方では、万が一隊員が倒されてフォーメーションが崩された時に、後がない。

 何より、時間がかかり過ぎる。
 標的の能力——「イル・ムーン」は、月光を浴びるだけで身体能力を跳ね上げるというものだ。彼が屋外に逃れて能力を発動させれば、頭数の差など簡単に覆るだろう。

 確実かつ一瞬で決着をつける必要がある。その為には、標的が油断し切った僅かな瞬間を狙う他ない。
 具体的には——追っ手を倒し切ったと錯覚させ、その隙を突く。
 幸い、エーカーが潜伏しているミトロヴィツァ鉱山は月の光が届かない屋内であり、なおかつ見通しの悪い閉鎖空間だ。今回の陽動作戦には、あつらえ向きの舞台といえた。

 陽動作戦において最も重要なのは、囮だ。
 囮がどれだけ真実味を伴った演技で、命を散らすかに作戦の是非がかかっている。もし囮側の思考が読まれてしまえば、標的に勘付かれ、せっかくの犠牲も無駄となる。

 だからこそ、この役柄は部外者や使い捨ての駒には務まらない。信用のおける仲間にしか頼めない仕事だ。
 メイフォアの提案した作戦に、部下達は二つ返事で賛成した。
 部下達もこの方法しかないと判っており——自らの命が失われると分かっての上だ。

 彼らの強い信頼と覚悟に、メイフォアは深く感謝する他なかった。













 時間が静止したかのようだった。

 鉄の匂い漂う地下船渠(せんきょ)に、血の香りが混ざりはじめる。
 朱に染まった計器群の只中、部下達の屍の上で、メイフォアは立ち尽くしていた。

 その両手に握られた刀を、標的である男の背へと押し込む。
 刃先から掌に伝わる感覚は、刀が1センチのズレもなく、正確にエーカーの心臓を貫いていることを知らせる。

 一瞬かつ確実。
 メイフォアの作戦は、逸脱することなく完遂された。

 予想外だったのは、鉱山の入口で無用な戦闘を強いられたこと。そして、エーカーと敵対しているのか仲間なのか分からない少年兵の存在だ。
 だが、実戦での想定外の状況など、あって当然のこと。必要なのは、目の前の男の死だけだ。

「終わりだ、イリガル・エーカー」

 男の背に向けて、メイフォアは呟く。それは、部下達を失ったことに対する怒りや憎しみに()るものではない。
 それ程の犠牲を払わなければ(たお)せなかったであろう標的に、敬意を込めてのものだった。

 果たして、その呟きは男の耳に届いたのだろうか。
 刀を取り落としたエーカーは、ゆっくりと膝をつき——

 瞬間、メイフォアの視界が白く弾けた。

 一瞬の驚愕の後、メイフォアは状況を把握しようと眼前を見やる。数歩退がり、予備の刀を取り出そうとして、肘から先の感覚が無いことに気がついた。
 両腕が消し飛んでいる。血は一滴も出ておらず、傷口は何かに焼かれたように塞がっていた。
 高圧力の法力だと、メイフォアはすぐに理解した。それが刃を伝わって炸裂し、両腕を消し飛ばしたのだ。

 そんな状況を他人事のように認識しつつ、一つの疑問がメイフォアの頭の中に沸く。
 法力遣いとはいえ、相手は人間の筈だ。能力も発動していない。自身の一撃は間違いなく致命傷だったと、確信を持って言える。

 だからこそ、不可解だった。
 何故——まだ生きているのか。
 何故——こちらに攻撃を行うほどの余力があるのか。

 メイフォアがそれを理解する間も無く、彼の視界は一回転した。
 自分の首と胴体が離れたのだと気づき——メイフォアの意識は途絶え、そのまま戻ることはなかった。















「——ったく、せっかくの服が台無しだ」

 自らの格好を見返して、エーカーは嘆息する。
 スーツは血を吸ってどす黒く濃さを増し、下の白いワイシャツは赤黒い滲みで染まっていた。
 その体の中心部——数秒前、刃に貫かれた筈の胸板は、いつの間にか元に戻っている。

 地に斃れた死体の中、血を吸ったコンクリートの上で、アルドロはその様子を見上げていた。

「おい……大丈夫、なのか」

 心配そうにエーカーを仰ぎ見て、アルドロは声をかける。
 その声に振り向いたエーカーは、少年の元へと歩み寄り——

「落第だ」

 ——それだけ告げて、少年の頭を思い切り蹴り抜いた。
 アルドロの体は吹き飛び、計器に激突して火花を散らす。

「最後に教える——敵は誰だろうが殺せ、それが傭兵ってもんだ」

 凄まじい衝撃と痛みを全身に覚えながら、耳障りな説教を聞きつつ、アルドロは意識を失う。その表情は、エーカーの言葉に対して異議を唱えたかったのか、怒りに歪んでいた。
 気を失った少年兵をしばらく神妙に見つめていたエーカーだったが、ふと思い出したように嘆息すると、背を向け鎮座する潜水艦の方へ歩み出す。

「動くな」

 間髪入れずに、低い男声の警告が地下空間に響き渡る。同時に、エーカーの背後で撃鉄の上がる音がした。
 エーカーは振り返ることもせず、ゆっくりと両手を挙げる。
 その背を標準に捉えながら、声の主は鋭くエーカーを睨みつけた。

「その声はイクスか。迷い子探しには向かない人選だな。顔が怖すぎる」

「当然だ。俺の仕事はお前の捕縛だからな」

 冗談にイクスは動じることなく返し、その間にも、エーカーに向けてじりじりと歩み寄る。
 現場に駆けつけたばかりのイクスにも、目の前の男が完全に敵に回ったということは、容易に判った。

「……ところでお前、サッカーの由来は知ってるか?」

 エーカーが突飛(とっぴ)な質問をする。
 直後、エーカーは地面に転がっていたメイフォアの首を、イクスに向けて蹴り飛ばした。

 すぐにイクスは引き金に力を込めたが——宙に舞ったメイフォアの頭が音を立てて四散したことで、止むを得ず防御体勢に切り替える。蹴り出す際に法力を流し込んでいたのだ。
 頭蓋の欠片や脳漿(のうしょう)が、まるでショットガンの弾のように辺りに飛び散る。目眩しとしては十分過ぎる隙だった。

 その間にエーカーは駆け出して、潜水艦へと飛び乗りハッチを開けた。
 すぐさまイクスは射撃を行うが、エーカーは身を翻してそれを避けつつ、ハッチの中に入る。入れ替わるように、中から数体の人造兵が飛び出してきた。

 動力部を破壊しようと、イクスは照準をハッチから水面下のエンジンへと切り替える。
 しかし、放たれた弾丸は間に割って入った人造兵に命中し阻まれた。
 ()む無くイクスは銃を放ると、向かってきた人造兵の顔面に手刀を繰り出した。先頭の人造兵の頭部を叩き割り、勢いそのままにその背後の人造兵の腹部を貫く。後方から迫っていた増援に肘打ちを当てて怯ませ、続く蹴りで頭を吹き飛ばした。
 地面に八つ裂きにされたコードが散乱し、漏れ出たオイルが血のように周囲を濡らした。

 すぐにイクスは、人造兵がかつて研究所で相対したものよりも、幾分か動きが鈍いことに気がついた。秘密裏とはいえ国の予算で作られていたものと比較すれば、個人での量産では質を度外視せざるを得なかったのだろう。
 とはいえ、人造兵が脅威であることに変わりはない。必要最低限の武力を持ちつつ、学習能力を持ち、主人には従順。あの巨大な潜水艦の運行も、エーカーの命令で人造兵が行なっているはずだ。どれだけの人造兵があの中に潜在しているのか——少なくとも、10人20人ではきかないだろう。

 最後の人造兵を叩きのめし、鉄と人工筋肉が床に打ち付けられる音が響き渡る。
 休む間も無くイクスは振り返ったが、すでに潜水艦の姿はなく、空虚な暗闇が広がっていた。

















 意識を取り戻したアルドロが最初に目にしたものは、見覚えのある大穴だった。
 少し前にレジーと共に訪れた、鉱山の入り口だ。

「エーカーは……」

 すぐに全てを思い出したアルドロは、体を起こして辺りを見回す。
 とっぷりと日が暮れ、赫かった大地は闇夜と同化し、天地が分からないほど暗い。
 その闇の中を、白い影が右往左往している。

 周囲にはヘリが1機とトラックが2台停まっており、白い防護服を着たナイツロード兵が数名、気忙しく作業していた。
 彼らに交ざって、眼帯をした大男——イクスが何やら会話している。
 しかし肝心のエーカーの姿も、この場所で見張りをしていた筈のレジーの姿もない。

「起きたな」

 アルドロの覚醒に気づいたイクスが、足早に歩み寄る。

「おい、あの場所で何があった? あの艦はどこへ向かった?」

 矢継ぎ早に投げかけられた質問に、アルドロは実感なく答える。

「エーカーは……アレで本部を沈めると言ってた」

 アルドロの回答に、イクスは眉を顰めた。
 詳細な解析はこれからだが、あの地下水道が外海へと通じているのなら、アルバニアを通ってイオニア海に出るはずだ。そうなれば、地中海を抜け大西洋上のナイツロード本部へと至るまで、そう時間はかからない。

「……とりあえず、本部に連絡だな」

 元々の仏頂面をさらに渋面にさせて、イクスは呟く。
 そんなイクスの顔を呆然と見ていたアルドロだったが、視界の端でナイツロードの兵士が忙しなく往来しているのが目について、そちらに目線を移す。

 シートが被せられた担架を担いだ兵士が、次々とトラックへ向かっていく。
 彼らが横切る度に、血の臭いが鼻をついた。

 遺体の運搬だ。
 エーカーに殺された兵士なのだろう。シートから覗く黒い服には見覚えがあった。
 ナイツロードの人間なのだろうか。
 彼らの出自もエーカー暗殺任務の存在も知らないアルドロは、その様子を未だ朦朧(もうろう)とする意識で眺めていたが、

 その遺体群の中に、見慣れた銀色の指輪が交ざっているのを目にして、我に返った。

 それは、シートからはみ出した男の腕だった。
 陶器のように青白く、全身を見ずとも死んでいることが分かる。
 力なく垂れ下がったそれは、運搬の振動によって、振り子のように揺れていた。

 俺は、あの指輪をしていた人間を知っている。
 そいつは、俺をこの場所に連れてきた。
 そして、この場所で見張りをしていた——はずだ。

「……レジーは?」

 か細く震えた声で、アルドロはイクスに問う。
 イクスは渋面を崩さぬまま、無言で顔を背けた。その視線は、アルドロと同じ方向に向けられている。
 それが答えだった。

 レジーは、死んだ。

 その事実を目の当たりにし、アルドロは再び気を失った。