A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #9「Ground Zero③」

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 自明のことだったが、鉱山内部はものの見事に荒れ果てていた。
 長らく整備どころか、人の出入りも無かった場所だ。

 コンクリートの壁はところどころ剥がれ落ち、元来の岩肌が覗いている。
 天井にはヒビが入り、通っているパイプの何本かは千切れて垂れ下がっていた。
 おまけに紛争の影響か、あるいは経年劣化のためか、崩落が起こっている場所もある。

 アルドロは手持ちのペンライトで先を照らしながら、ゆっくりと進んでいく。

 エーカーのことを思えば、今にも駆け出して怒鳴り散らしたい気分だったが、こう先が見えないとその衝動も薄れる。そもそも、奴が実際この先にいるのかすら定かではないのだ。
 一方で、エーカーが「何か」をしでかしているという点には、アルドロも納得していた。最後に本部で会った、妙に浮ついた男の様子が、今も鮮明に思い出せる。

 過度な期待はせず——しかし、いざエーカーに出会ったらぶん殴る用意はしつつ、アルドロは確実に歩みを進めていく。

 しばらく暗闇の中を進むと、曲がり角に行き当たった。
 構わずいつもの勘任せで進もうとしたアルドロだったが、進行方向に何かの気配を感じ、壁面の角に体を隠す。
 妙に秩序だった足音からしてエーカーではない。敵意や殺意は感じられず、ただ「何かがある」という雰囲気は、人間のものかどうかも怪しかった。小動物でも棲みついているのだろうか。

 曲がり角から顔を出したアルドロは、その姿を視認して、驚きに声を上げそうになった。

 それは人型だったが、明らかに人間とはかけ離れた容態。
 黒く光沢した体は、胴も手足も不気味なほど細い。その体のあちこちから、手足とほぼ同じ太さのコードが延びている。唯一人間と共通しそうな大きさの頭も中身が透けており、中の脳味噌が剥き出しになっていた。

 いつかの任務で相対した、量産人造兵だ。

 アルドロは慌てて影の中に姿を隠した。
 他の相手ならば猛然と戦いを挑むところだが、奴らの強さは文字通り身に沁みて分かっている。アレが以前と同じ代物なら、もし奴一人を倒したとしても、他の同型機に異常が行き渡り、こちらに襲いかかってくるだろう。そうなれば、エーカーを見つけるどころではない。

 何故奴らがここにいるのか。

 一度湧いて出た疑問に連鎖するかのように、アルドロの頭の中で様々な問いが去来する。

 エーカーは一体、何をしでかして追われているのか。
 あの人造兵とエーカーはどういう関係なのか。
 エーカーはここで、何をしているのか。

 アルドロは影の中で頭を振った。

 ここで考えていても答えは出ない。
 まずは、エーカーに会うのが先決だ。










 そのまま影の中を進んでいくと、周囲の雰囲気が変わったことに気づいた。荒れ果てていたコンクリートの床が、いくらか整備されたものになっている。
 人造兵に出くわさないように注意しつつ、アルドロはゆっくりと影の中から這い出た。

 瞬間、アルドロは言葉を失う。

 ナイツロード本部の演習場くらいはあるだろうか、巨大な空間が広がっていた。

 岩肌の露出した部分はなく、壁と地面を覆っているコンクリートは明らかに新しい。天井には鉄骨が張り巡らされており、いくつもの照明が煌々(こうこう)と地下空間を照らしている。名称も分からない機械や計器の数々が、壁際に所狭しと並べられていた。

 そして、巨大な空洞の中心、張られた水の上に鎮座する鉄の塊は。

「潜水艦——か?」

 船舶には詳しくは無かったが、少なくとも普通の運輸船ではないことは確かだ。
 水面から灰色の顔を覗かせるその姿は、いつだかロッテが冗談で言っていた、海に出る化物を思い起こさせた。その水上に出ている部分だけでも、全長500mはある。水面下の部分を想像すると、気が遠くなりそうな巨大さだった。

 思いがけないモノとの遭遇に、アルドロは放心していた。

「何なんだよ——これは」

「秘密基地ってやつだ。ガキはこういうの好きだろ?」

 不意に聞き覚えのある音が耳に届き、アルドロは声のした方向を振り向く。
 果たして、そこにいたのはイリガル・エーカーではあったが、少なくともアルドロのよく知る人物ではなかった。
 黒い長髪を後ろで結わえているのも、皺の入った肌も、隈が濃くついた目元も記憶通りの姿だ。だが、それ以外の要素がエーカーを別人へと見せていた。



 あの特徴的な口髭は剃られていて、そのせいで幾分か若く感じる。
 服装は黒いスーツで、同じ色のネクタイを締めていた。
 何よりその表情は、普段の他人を嘲るような笑みではなく、まるで慈愛を与えるような穏やかさを呈している。
 大きく様変わりしたその姿に、アルドロはぶん殴ってやろうという意思も消え果て、二の句を告げずにいた。

「どうした? 驚きすぎて腰を抜かしたか?」

 口調こそ普段通りではあったが、声音にいつもの(とげ)が無い。むしろ、柔和な雰囲気さえ感じられる。そのことが、アルドロの思考を停止させていた。
 完全に固まっている少年の姿を見て、やれやれとかぶりを振ったエーカーは、その視線を潜水艦に移す。

「WDOが所有する海中戦艦に『ゾティーク』ってヤツがあってな。人員の大半が搭乗しているのもあって、実質的な本部はその戦艦だ」

 アルドロに聞かせる風でもなく、独り言のように淡々と、エーカーは言葉を述べる。

「昨年、『私』はその戦艦に潜入した。Mi6の立場でだ。そこで得たデータを元に、模造品をここで作らせていた。あの人造人間共を人手にしてな。あいつらの量産には苦労したが、24時間労働でも賃上げを要求しない部分は気に入ってる」

 アルドロは、当然全てを理解した訳ではなかったが、ある程度のことは解した。
 目の前の巨大艦も、道中出くわした人造兵も、エーカーが作ったものだと。

「何のために……」

 思わず口をついて出た疑問に、エーカーは反応してアルドロへと向き直る。
 嘲りも興がりもない、ひどく神妙な面持ちだった。

「こいつでナイツロード本部と、本物の『ゾティーク』を沈める」

 表情を変えることなく、エーカーはそう言い放つ。
 直後、アルドロの繰り出した剣がエーカーの鼻先を掠めた。

「オイ訳分かんねぇぞ! 分かるように言いやがれ!」

 アルドロは得物を向けてそう怒鳴ったが、頭では理解していた。
 ——レジーに連れられた時から、嫌な予感はしていたが。

 こいつは、完全にナイツロードの敵となった。
 それも、しばらく牢に入っているだけでは済まされない。明らかに、今ここで殺さなければならない類の敵だと。

「じゃあ、お前は何をしにここに来た? お前の任務は何だ?」

 動揺するアルドロへ向けて、エーカーは静かに告げる。相変わらず、天啓のような揺るぎない声音だ。
 それがアルドロに冷静さを取り戻させると共に、嫌悪感を覚えさせる。

「——テメェをボコボコにすることだ!」

 声高に吠えたアルドロを見て、エーカーは口角を吊り上げた。

「では、見せてもらおうか。お前が相応しいかどうか」