A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #8「Ground Zero②」

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 地平線の彼方にまで続く焦土が、斜日に(あか)く照らされていた。

 もう年の暮れも近いというのに、吹きすさぶ風は生暖かく、黒ずんだ大地からは熱気すら感じさせる。
 茹だるような大気には薄い煙霧がかかると共に、名状しがたい異臭が伴っている。
 焼け爛れた地面には灰や泥に混じって、人間のものかも分からないような骨の欠片が、あちこちに散乱していた。

 二人の傭兵——アルドロとレジーはその中、歩みを進める。

 バルカン半島南部、コソボ爆心地。

 20世紀初頭から続く民族対立の舞台であったこの土地が、更地へと成り果てたのは今から十数年前のこと。
 激化するコソボ紛争への介入中に起きた、WDOの内部戦争。

 戦闘は激しく、当時のWDO司令官であるラブ・ファイナスをはじめ、多数の兵士が命を落としたとされる。NATOは事態の鎮圧を名目に、アライド・フォース作戦を実行。コソボのみならず、ユーゴスラビア全域に爆撃を敢行し、あらゆる証拠の隠滅を図った。
 しかし結局は、この地で行われた戦闘によって法術の存在が露見し、全世界へと広まることとなる。

 何故、味方同士の内乱が発生したのか。この場所で一体何が起きたのか。それを知る手がかりは、もうこの地には残っていない。
 代わりに残存しているのは、過去の戦闘の傷跡だけだ。

 家屋が倒壊し、焦げた木材がそこかしこに転がっている。荒れ果てた土地からは新芽の一つも出ず、故に生物の気配もない。
 あらゆる循環が止まったその場所は、まるで数十年前のあの日から時間が止まっているかのようだった。

「……中心部ほどじゃないとはいえ、さすがに……大気が重いな」

 額から冷たい汗を垂らしながら、レジーは苦笑した。

 かつての戦闘で放たれた高純度の法力が、十数年経過した今もなお残留している。法術遣いでも良くて失神、悪ければ生命の危機に陥るほどの代物だ。もちろん、常人では近づくこともままならない。あらゆる生物が住み着かず、何十年経てども復興の兆しがないのはそのせいだ。
 法術遣いの中でも優等な方であるレジーでさえ、その重圧感に膝をつきかける程だった。アルドロはその顔を心配そうに覗く。

「どうした? 具合悪いのか?」

「……お前は何も感じないのか?」

 レジーは問いを返しながら、少年の表情を伺う。
 アルドロは平然としている。恐らくは、ここがどのような場所かも理解していない、そんな顔だ。

「成る程。ジジイが目をつけるワケだ」

 アルドロに届くか届かないかの声で呟いた後、レジーは額の汗を拭いながら言葉を続ける。

「つい数時間前、エーカーの捕縛命令が本部から下された。詳細な容疑は分からんが、何やらマズいことをやらかしたらしい」

 言葉を並べながら、アルドロを横目で見る。エーカーに対する罵詈雑言が返ってくるだろうと予想していたが、驚くことに少年は無言を保っていた。
 物珍しく思いつつ、レジーは歩みを止めた。

「ヤツがここに潜伏しているという情報があった」

 レジーは銀の指輪を()めた人差し指で、前方を指し示す。二人の目の前に、ぱっくりと開いた大穴があった。

 ミトロヴィツァ鉱山。かつて、この地が鉛鉱で栄えた名残だ。
 坑道の入り口はコンクリートで固められ、かろうじて人の営みの跡が垣間見えた。
 当然、あの紛争の日からこの坑道は使われていない。残留法力の件もあって、後から政府や企業が調査に入ることもなかっただろう。

 姿を隠すにはもってこいの物件だ。周囲の法力量に体が耐えられるなら、という条件付きだが。

「とりあえず、あのクソジジイをぶっ飛ばしてしょっ引けばいいんだな?」

 拳を握って骨を鳴らしながら、アルドロは視線を洞穴に向ける。
 その表情には興奮も怒りも内包されておらず、彼にしてみればひどく冷静だった。

「まぁ、そういうことだ」

 レジーは笑うと、アルドロの動きを真似るように洞穴へ顔を向ける。

「アルドロ、先行ってろ」

「え?」

 すっかり二人で突入する気だったアルドロは、気勢を削がれたように疑問符を飛ばす。

「俺は出入り口を見張る。お前と入れ違いでエーカーの野郎が出てこないとも限らないしな」

「ああ、分かった」

 レジーの回答に納得したアルドロは、頬を叩いて気合を入れると、洞穴に向けて猛然と駆け出した。

 ——罠の類を全く警戒しないあたり、あいつらしい。
 レジーは少年の背中を見送りながら刹那の間微笑むと、すぐに無表情に戻り、おもむろに後ろを振り返った。

「つけて来てるのは分かってる。姿を見せたらどうだ」

 がらんどうの荒地に、レジーの声が響き渡る。

 返答の代わりに、岩陰の闇から短刀が投げつけられた。
 短刀はレジーの眼前で法術の障壁に弾かれ、鈍い音を立てながら地面に転がる。

 再び、静寂が荒地を覆う。

 地面に転がった短刀を見て、レジーは目を細めた。
 暗器だ。それもナイツロードの支給品ではなく、独自のもの。
 刃の形状からして毒が塗られているに違いない。

 この短時間でここまで辿り着き、なおかつ暗殺を得意とする部隊であれば。

「……『ソハヤ』かよ、クソ。もう少し楽な相手だと思ったんだが」

 レジーは一人毒づいた。

 岩陰の闇が(うごめ)いた瞬間、レジーは腰のホルスターから拳銃を引き抜き——
 迫り来る影に向けて引き金を引いた。