A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #5「Lena①」

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 爆音を響かせながら飛ぶヘリの腹の中、グーロの表情は気まずさのあまり、眉間に寄った皺の数がいつもの倍になっていた。

 その原因はグーロの向かい側に座り、むくれ面を晒している。ヘリが飛び立ってからこの数時間、ずっと。
 朱の差した頰を目一杯に膨らませる少女の姿は、何も知らぬ部外者から見れば可愛げのあるものなのだろうが、グーロからすれば愛車のバッテリーが破裂寸前に膨張しているのと同義だった。

 ルナ・アシュライズは、魔道具作成において世界有数の技術を持つ魔法使いではあるが、それを除けば外見も中身もごく平凡な少女だ。
 楽しければ笑い、悲しければ泣き、許せなければ怒る。傭兵という職業につきながら、それらの感情を純粋に持ち続けている。
 だから、憧れの異性に想いを寄せることだってあるし、彼と引き離されれば不機嫌にもなろう。

 だが——

「……ルナ、そろそろ機嫌を直してくれないか」

「やだ」

 ——ここまで根に持つとは、グーロも予想していなかった。

 ヴァレンティナの発破で、出立前にレイドと顔を合わせたまではいい。問題は、その後だ。
 出発時刻ギリギリになって、レイドの懸念通りルナは駄々をこね始めた。レイドにも大事な仕事があるのだと説明したが、聞く耳持たずといった風だ。
 結局エレクと協力してヘリに引きずって乗せたが最後、今に至るまでこの有様である。

 エレクはそんな彼女をからかっては火に油を注いでいたが、それにも飽きたのか、今はグーロの隣で眠りこけている。皺寄せを受ける隊長の身にもなってほしい。
 口数が多いことで知られるこのヘリのパイロットにも、助け船は期待できそうになかった。彼は今、南ア軍の管制塔と通信中で手が離せない。

 この身が孤立無援の状態に置かれていることを再確認し、グーロは心の中で落胆する。あらゆる任務をこなしてきた彼だが、この状況にはお手上げだ。

 二十余年という人生の大半を暗がりと硝煙(しょうえん)の中で生きてきた彼にとって、()ねた子供のご機嫌取りのやり方など知るはずもない。
 甘味で餌付けでもできれば少しは機嫌も良くなるだろうが——あいにく、菓子を生成するようなファンシーな魔法に関して、グーロは全くの門外漢だ。
 今は一刻も早くこのヘリが目的地に着くことを願い、再びコックピットに視線を向ける。

 パイロットは管制塔とのやりとりを続けていた。馬鹿でかいローター音のせいで内容までは聞こえてこないが、おしゃべりな彼にしては口調が滑らかでない。
 やけに長いな——と思いつつ、グーロは機内に取り付けられていたデジタル時計に目をやる。

 蛍光色がやたら目につく数字の羅列は、既に到着予定時刻を20分超過していることを示していた。
 軍のお偉方が出席する催しだからこそ、ルナを無理矢理ヘリに押し込んでまで出発時間を厳守した——にも関わらずだ。

 パイロットの言葉尻に怒号が交ざり始めたのを聞き咎めたグーロは、立ち上がって操縦席へと近づく。

「何かトラブルか?」

 グーロの呼びかけに、ナイツロード専属パイロットのユウキは、怒りと困惑の声色を隠さぬまま答えた。

「先方が、基地内への着陸許可を出せないとか抜かしてるんですよ」

 それを聞いたグーロも疑問符を頭に浮かべ、目を細める。
 国防軍側が兵器の実地試験にルナの出席を要請したというのに、その当人のルナが降機できないというのは、話が食い違っている。
 その理由を問うたグーロに、ユウキは先程よりも困惑の色を増しつつ呟く。

「それが、WDOの要請があったとか何とか言ってまして……」

 ユウキの返答を聞くや否や、グーロは窓に張り付き眼下に目を向けた。

 ヘリはとうに南ア空軍基地の直上に到着しており、地上には軍用滑走路のコンクリートでできた、黒い丘が広がっている。
 その上で国防軍の兵士が数人、滑走路上に立っているのが目視で確認できた。

 その兵士が抱えている誘導兵器の砲口が、こちらに向けられていることも。













 ナイツロード本部ブリッジ上層、要人用ヘリポートの上で訪問客を出迎えたレイドは、驚愕に目を丸くした。

 てっきり着陸したヘリから降りてくるのは、軍服を着た中年の男性だと決め込んでいたからだ。事前に確認したWDO新任役員の名簿からも、彼らの中の誰かが来ると踏んでいた。

 だが果たして、姿を見せたのはレイドの予想とは真逆の人種だった。

 ヘリポートに降り立った二人の人物のうち、一人はゴシックな雰囲気の黒いコートに身を包み、山吹色の髪を短く切り揃えた少女。
 もう一人は暗い赤色のドレスを纏い、腰まで伸びた黒髪をたなびかせる妙齢の女性。手には銀色のアタッシュケースが握られている。

 喪服のような慎ましさのある少女と、パーティーに向かうかのような底抜けの俗気を放つ女性。
 (かげ)りを(かも)し出す少女と、明け透けな女。

 対象的な二人だがどちらにしても、傭兵であるレイド達とは縁の無さそうな人間だということは間違いない。洋上要塞の物々しさとは明らかに不釣り合いな二人組に、しかし実情をよく知るレイドにしてみれば、別の意味で我が目を疑う光景だった。

 ——幹部役員の訪問だと聞いていたが。

 すぐさまレイドは、恨めしい表情を隠すこともなく、傍に立っているレッドリガを睨む。我らがナイツロード団長は、いつものように口元に微笑を浮かべているだけだ。

 レイドは刹那の間、この過ぎた秘密主義者を査問室に押し込んで問い(ただ)したい衝動に駆られたが、すぐにそれが無意味なことだと思い至る。
 この男が全て判っていたとしても——否、たとえ何も知らなかったとしても、自分たちに見せるその表情が変わることはないだろう。

 波風の止まぬレイドの心情などいざ知らず、少女はこちらへと近づき、レッドリガに向けて右手を差し出す。

「レナ・ブルシュテインです」

 レイドは、その名が昨年WDOに新しく就任した総司令官の名前だと記憶している。