A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #3「Bloody Sam③」

 ヘリがプラントに到着するや否や、レイド・アーヴァントはヘリから飛び降り、辺りを見渡した。

 それほど広いプラントではない。元は海質調査用の比較的小さなプラントだ。

 しかし、機械の駆動音どころか人っ子一人の声も聞こえてこない。耳に入ってくるのは波の音ばかり。

 まさか——とレイドが嫌な想像をしていると、

「よーぉ、遅かったな色男」

 不意に背後から声。振り返ると、同じナイツロード団員であるエーカーとイクスがこちらに近づいてくる。

 彼らの一仕事終えたという雰囲気に、レイドは自分の想像が確信に変わっていくのを感じた。 

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「エーカー団員、一体どういうことか説明して頂きたい」

 敵意を微塵も隠さないレイドの声音に、しかしエーカーは悪びれない様子で、肩をすくめて返す。

「来た、見た、勝った。アンタなら説明しなくても分かるだろ?」

 紀元前の軍人の言葉を借りつつ、無邪気な子供のような素振りで革靴の底を見せつけるエーカー。

 そこには、恐らくこのプラントにいた人間のものと思われる血糊が、べっとりと付着していた。

 それを見たレイドは嫌悪感を増しながらも、あくまで冷静に答える。

「ふざけないでください。あなたの任務はガリア遠征じゃない。交渉だ。それを背任どころか、交渉相手を皆殺しにするなんて、言語道断です。そもそもこの案件は元々僕の担当だ。代理を頼んだ覚えも、ましてやあなたを選んだ覚えもない」

「つれないこと言うなよ〜手続きならちゃんと書類通したぜ? ホラ」

 エーカーは胸ポケットからしわくちゃの紙切れを広げてレイドに見せつける。しわくちゃだが確かに正式な書類だ。

「バカな――」

 レイドはそう言いかけて、書類にでかでかと捺された団長印を見た。

 もしレッドリガが――あの秘密主義者の団長が関わっていたのだとしたら、意図的に自分の耳に入ってこなかった可能性は極めて高い。加えてあの団長は、口ぶりこそ丁寧だが敵に対しては絶対に容赦のしない性格だ。この惨状が彼の計画のもと起こったものだったとしても、なんら不思議ではなかった。

「しかし、あなたはこれまで私が進めてきた交渉をことごとく無下にした。その責任は――」

「だって上の命令なんだから仕方ないじゃん。それにアンタだって分かってたハズだぜ。あいつらと手を組むつもりなんか、はじめっから無かっただろ?」

「それは――」

 レイドは言葉を呑む。レイドにしても、事前に調べあげた情報と数回の交渉で、TMMI社がナイツロードと手を組むには手に余る連中だということは分かっていたのだ。

 しかし、交渉を止めてこのまま野放しにしておいても、遅かれ早かれナイツロードに害を成す可能性は大いにあった。

 だから、せめて作戦中にかち合う事のないよう不戦協定くらいは結んでおきたい、あるいは密偵を送り込んで監視しておきたい……そう考えていた矢先の、この虐殺だ。

「だからといって何をしてもいいわけじゃあないでしょう。このやり方は短絡的すぎるし、あまりにも……」

「酷い、か?」

 エーカーの声音が一気に低くなったのを聞いて、レイドは口をつぐみ、エーカーの表情を見る。

 レイドの眼前で初めて、エーカーの顔から笑みが消えた。

 もちろん、これまでも心の底から笑っていたのではなく、偽物の薄っぺらな笑みだったが、それを失ったエーカーはそれまでレイドが話していた男とは別人にすら見えた。

 仮面だ、とレイドは思った。今、ヤツは『笑みの仮面』を外した。

「……うらやましいな色男。実力と才能を兼ね備えた天才で、団長からも信頼の厚いお前が、未だにそんな言葉を吐けるなんてな。——お前はまだ人間だ。傭兵じゃない。完全には」

 ゾッとするほど冷たい声でエーカーは淡々とのたまう。それまでのただ人をおちょくるようなものとは違う、人の心を抉るような言葉だ。

「傭兵だって一人の人間だ、個々人の倫理観くらいは持ってる!」

 レイドもエーカーに対抗して冷静さの仮面を剥ぎ、声を張り上げる。

 恐らくこの男は何百もの仮面を被っている。彼の素顔と話をするには、自分も仮面を剥ぎ、素顔で向き合わなければならないだろう、とレイドは感じていた。

 しかしそんな彼の考えなど、だからどうした、と言わんばかりに、エーカーは嘲りを込めた口調で返す。

「だが傭兵に言葉はない。人間でいう言葉は傭兵でいう銃弾だ。分かるか? あいつらは——ビジネスにおける傭兵としてはカス同然の奴等だったが、心理的な部分では完全に傭兵としての条件を満たしていた。殺しを受け入れた"虚無の住人"——そして、お前はそういうロクデナシ共に言葉で対抗しようとしている。それがどんなに無意味なことか、頭のいいお前なら分かるハズだぜ」

 エーカーの言葉にレイドは思わず奥歯を噛み締めた。力で解決することは実力をもつレイドにとっては難しくないことだ。

 しかしそれは同時に、それまで言葉でエーカーと戦ってきた自分に負けを認めるのと同意義だった。どうしてもコイツには、力ではなく頭で勝たなくてはならない。

「……どうやら、僕とあなたはどうしても相容れないようだ」

「らしいな、まぁ前から分かってたケド。じゃあ、後処理はヨロシク。俺たちがヤったって知られたら、ナイツロードがサソリ部隊と間違われてもおかしくないからなぁ」

 エーカーは『笑みの仮面』を被り直して、完全に元のイリガル・エーカーへと戻ると、レイドの横を通り過ぎてヘリに向かった。

 イクスもエーカーの後を追っていたが、ふとレイドの横で立ち止まり、声をかける。

「……あまり気にするな。戯言の好きな奴だ。本気になればなるほど、ドツボに嵌まるぞ」

 そう言ってイクスは再びヘリに向かう。一足先にヘリに乗り込もうとしていたエーカーは、思い出したようにレイドの方を振り返って言った。

「あぁ、それと色男、あんまり人のプライベート調べるのは止めた方がいいぞ、君主危うきに近寄らず、だ」

 先ほどの暗い声音とは一転して、いやに明るい声で忠告するエーカー。先生が生徒に言い聞かせるような口調だったが、その裏には確固とした意志が含まれているのをレイドは察していた。

 ——これ以上私事に首を突っ込むのなら、仲間であろうが容赦はしない。

 レイドは自らの推測が、もはや疑念を差し挟めないほど確信に変わっているのを感じていた。レッドリガこそ確証が無いと言っていたが、団の機密情報を流出させ、デリブ団員を貶めたのは目の前の男ではないか、と。

 ローター音が響きわたり、ヘリが宙に舞う。レイドはそれを複雑な面持ちで見上げていた。