アンジャスト・ナイツ3/Balance of power #2「Godmother②」
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「テメェがアルドロか」
ヴァレンティナは目の前で阿呆のように突っ立っている少年を、睨むように見つめる。
その視線を受けてアルドロの方も、敵愾心を隠さずに睨み返す。
あれだけいた観衆はいつの間にか演習場から姿を消し、更にはレジーの姿もない。
——そういえば、隣から「大事な任務を思い出した」という言い置きが聞こえたような気がする。
後には状況を理解していない少年と、地面に倒れたままのアリーサが残っていた。
「そうだけど、なんか用かよ?」
「ちょ、ちょっと待った!」
いつもの調子で返すアルドロに、内心穏やかならぬロッテは思わず二人の間に入った。
相手は世界中から優れた傭兵達を集めたナイツロードの中でも、団長のレッドリガによってさらに選りすぐられた存在なのだ。そんな相手を前に、失礼な態度をとればどのような末路を辿るか——想像しなくとも分かることだ。
常々アルドロのことなどどうでもいいとは思っているが、目の前で爆弾に火を投げ込む行為を無関心で見ていられるほど冷血ではない。
何より、爆発の火の粉がこっちにまで飛んできたら、冗談では済まされない。
「んだよロッテ」
「彼女はナイツロードの幹部さんなんスよ。失礼の無いようにするッス」
ロッテはそう小声で耳打ちしてみるが、アルドロのことだ。数秒も経たず忘れるだろう。たとえこの忠告を胸に刻んだところで、喧嘩腰という言葉に服を着せたような存在のアルドロに、お行儀の良い言動はとても期待できない。
せめてこっちにまで騒ぎを波及させてくれるな、とロッテは利己的な頼みを、信仰したこともない神に願う。
「アルドロ、テメェに聞きたいことがある。少しツラを貸せ」
ロッテの考えなどいざ知らず、ヴァレンティナは言い放つ。その言葉は氷のように冷ややかだというのに、あらん限りの暴虐を内包しているような熱さを感じさせる。
ヴァレンティナという女が、その言動に反して誠実な人間だという評判はロッテもよく知っていたが、それを信じるには眼差しも口調も凶悪にすぎた。
「そうか……それなら、オレもあんたに頼みがあるんだ」
アルドロは何やら納得したように、ウンウンと頷く。
すぐにロッテは嫌な予感を覚えた。
「……何だ?」
「あんた強そうだから、今からオレの相手になれ!」
ズビシ、とヴァレンティナを指差すアルドロ。
ピリピリと緊張感の張り詰めていた第三演習場が、限界まで張られたピアノ線が切れるか切れないかの状態になる。
これは——終わったっスね。
ロッテの頭の中では完全に、アルドロをもう死んだものとして考えていた。
短い付き合いだったが、まあそれなりに仲良くはしてたし、葬式には出てやろう。葬儀代は絶対出さないけど。
「いいだろう」
「……えっ!?」
しかし、意外にも快くヴァレンティナはアルドロの挑戦を受けた。
驚いたのはロッテの方だ。思わず、普段の彼女に似つかわしくない素っ頓狂な声を上げてしまう。
「ようし、そうと決まれば!」
アルドロは意気揚々と、すっかり人が出払った演習場の真ん中に躍り出る。
二人のやりとりを地面から眺めていたアリーサも、すっくと立ち上がってヴァレンティナに正対した。
「私も参加しよう! 同じ女性兵士として、我らがセントフィナス兵の偉大さを思い知らさねばな!」
——そういえば新入りのアリーサも、このメイドが幹部だと知らなかったな、とロッテは思い至る。
そのまま寝転がっていれば痛い目に遭わずに済んだものを、何故目に見える地雷原に突っ込みたがるのか。恐れ知らずにも程がある。
「あの……いいんですか?」
ロッテは痛みの止まない頭を抱えつつ、恐る恐るヴァレンティナに尋ねる。
馬鹿二人の生き死には最早どうでもよく、幹部様に面倒をかけさせない為の配慮だったのだが。
「新人の面倒見んのも、上に立つ者の役割だ。違うか?」
ヴァレンティナの正論に、ぐうの音も出せなかった。
——その後、二人が悲鳴すらあげさせてもらえずボコボコにのされたのは、言うまでもない。