A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #16 「Fallen Angel②」

 朝6時。
 水平線から顔を出した朝日が、旧市街を照らす。
 まだ朝早いからか、街の中心地に位置する広場には、人影はない。ただ美を讃える像の隣に、鳥が一羽、羽を休ませているようだった。

 鳥の鳴き声が耳に入ったのか、眠りから意識を取り戻し、重い瞼を開いたオリガを迎えたのは、

「グッモーニン、王女サマ。お目覚めはいかが?」

 悪戯っぽい顔をした中年の、爽やかさの欠片もない呼び声だった。

「……おはようございます、エーカーさん」

 夜中の出来事などまるで無かったかのようなエーカーの口ぶりに、気後れしながらも普段通りに返すオリガ。
 カーテンを開け、周囲に異常がないことを確認したエーカーは、扉のドアノブに手をかけつつ、オリガの方を振り返る。

「んじゃ、これから作戦会議するから、代わりにボウズ寄越すわ。何かあったら内線で。使い方は分かるよな?」

「……アルドロさんも会議に入れてあげたらどうですか。仲間ハズレは良くないと思いますが」

 オリガの注意を予想していなかったのか、エーカーはキョトンとした表情になり……すぐに大笑いを始めた。言うまでもないが表面上のみの笑顔である。

「あいつが話し合ったところで、単純馬鹿のすることに変わりはねぇよ。それに、王女サマと随分仲良しみたいだからな。何だかんだ言って、あいつと一緒にいた方があんたも嬉しいだろ?」

「ええ、まぁ」

「否定しないんかい」

 何かしらのリアクションを期待していたエーカーは、オリガの即答に鋭いツッコミを入れる。

 嘘と欺瞞に満ちた中年男性の笑顔を見送り、嘆息しながら、ベットに寝っ転がるオリガ。不意に、枕の下の妙な感触に気づいた。

「……?」

 枕の下に手を伸ばすと、紙の固い手触りがした。
 ゆっくりと引き抜く。

 手紙。封筒だ。

「……」

 誰からだろう?

 オリガが寝ている間、レジーとエーカーがこの部屋を見張っていた。ということは手紙を仕込んだのはこの二人だろうか。いや、その前から仕込んであった可能性もある。誰だという特定はできない。

 封筒を振ったり透かしたりして罠の類いが無いことを確認したオリガは、慎重に封筒を開ける。
 果たして、入っていたのは文字が羅列された一枚の紙切れだった。

 オリガはその内容を読み——驚きを表情に抑えきれなかった。



「クソジジイ!死ね!」

 一方、廊下の外でエーカーといつものやり取りをしてきたアルドロは、乱暴に扉を開け、部屋にずかずかと入ってくる。

 しばらく独り言で、エーカーに対して悪態をついていたアルドロだったが、ふとオリガが手紙を読んでいることに気がついた。

「何読んでんだ?」

 アルドロが質問を飛ばすが、オリガは手紙の内容に夢中なようで、返事が無い。

「おい無視すんなって——」

「アルドロさん、一つ、頼んでもらっていいですか?」

 アルドロの言葉と被せ気味に、オリガは手紙から目を上げ、アルドロの顔を見つめた。
 驚きの表情を胸の内に仕舞い、無表情を装う。

「な、何だよ急に」

 オリガの尋常ではない剣幕にたじろぐアルドロ。若干、昨日の晩に怒らせてしまったことも尾を引いてるらしい。


「……二人で、ここを抜け出したいんです」

「えっ」


 突然の提案にアルドロは鳩に豆鉄砲を喰らったような顔をした。











「ふあぁ〜眠っ」

「敵陣のド真ん中だよエレク、もっと緊張感もって……」

 セントフィナス王国皇居内、護衛兵士宿舎にて一夜を明かしたエレクとレイド——といってもレイドは団長への報告と説明・作戦の練り直しでほとんど眠れず終いなのだが——は、一先ずリクヤに会うため、宿舎を後にし、リクヤと初めに会った東の庭園へ歩いていた。

 英国情報部と共同捜査を余儀なくされた件について、団長は
『それは、面白いことになってきましたね。——対応策? 必要ないと思いますよ。相手の誘いを捨て置くこともないでしょう。……えぇ、既に貴方の耳に入っていると思いますが、実は護衛部隊の方でちょっとした騒動がありましてね。兎に角、この件については貴方に一任してあるので、どうぞお好きなように』
……とのことだった。

 問題は昨日のボルドーでの騒ぎで王女の居場所が世界中に露見されたことだ。皇室も騒然としていることだろう……と、考えていたレイドだったが、彼の予想に反して、皇居内は特に大騒ぎになっている様子はない。
 それどころか、いくら歩いても兵士が一人も見当たらないのだ。レイドが考えていた方向とは全く逆のベクトルで、異常な状況だった。

「……どこかに集まってるのか?」

「寝てんじゃねーの?」

 冗談を飛ばすエレクと共に東の庭園に顔を出すが、もぬけの殻だ。レイドが訝しんでいると、突如、黒い影が目の前に落ちてきた。

「うぉあーっ!?」

 不意の出来事にエレクが驚いて大声を出す。どうやらソレは、二階のベランダから飛び降りたようだ。黒い影はゆっくりと立ち上がる。

 リクヤだ。昨日と同じ白髪黒コートの出で立ちは変わらないが、気持ちコートが所々汚れているように見えた。

「リクヤさん? 一体……」

 レイドの言葉に反応したリクヤは、すぐさま二人に銃を向けて返答する。

「お前達も敵か?」

 昨日と同じ、相手の腹を探るような物言い。だが昨日と比べて余裕の見られない言葉に、レイドは当惑しながらも返事をする。

「……あなたとの共同捜査の申し出を受け入れたので、敵ではありません。今のところ」

「そうか」

しばらく獲物を見定めるように銃口を向けていたリクヤだったが、おもむろに銃を下ろす。分かってくれたようだ。

「何かあったんですか?」

 レイドが尋ねると同時に、リクヤが飛び降りてきたバルコニーから足音がした。元々鋭かったリクヤの目つきが更に鋭く光る。

「余り説明している余裕はない。一先ず……伏せろ!」

 リクヤが叫ぶや否や、セントフィナスの兵士がバルコニーから顔を出したかと思うと——スタンガンをレイド達に向けて発砲してきた。

「なっ……!?」

 予想外の襲撃に、しかしレイドは冷静さを失わず、エレクの襟を掴むと速やかに植え込みの陰に逃れた。

 一方のリクヤは前方に跳躍して銃撃を躱し、その勢いを利用して構えをとり、銃弾を見舞う。弾はスタンガンに直撃し、兵士は武器が破裂した衝撃で後ろにのけぞった。
 その隙に後退し、レイドの隣に身を隠すリクヤ。間髪入れずにレイドが質問を飛ばす。

「一体どうなってる!」

「説明している余裕は無いと言った」

「手短に頼むよ」

「……数分前、ダニイルを起こそうと奴の寝室に行ったんだが、妙な雰囲気でな。試しに中を覗いたら案の定、そこにダニイルの姿が無かった。代わりに兵士共が駆けつけてきてこの有様だ」

「ダニイルが、消えた……!?」

「……ここからは私の推測だが、恐らく兵士達はダニイルを庇っている。部外者である我々を拘束させ、ダニイルの身柄を自由にする為にな。そして当のダニイルは、恐らくボルドーに向かったのだろう」

 ボルドー。オリガ王女とナイツロードの護衛部隊が今、まさに逗留している場所だ。

「まさか……王女を直接始末するために!?」

「分からん。殺しだけならプロに任せればいいハズだ……何か別の目的があるのかもしれん」

 2人が会話をしている間にも、庭園に兵士が殺到してきた。ざっと20人はいる。

「とにかく今は、こいつらを何とかしなきゃいけないってワケか」

 エレクはそう呟き、両手に剣と盾を展開した。同じくレイドも、ニ丁拳銃を装備する。

「さて……庭を汚すなとダニイルのお達しだったが、この状況を引き起こしたのも奴だとすれば、『仕方のないこと』だ。それに……庭は"遊ぶ"ためにあるものだ」

 そんな恐ろしいことを呟くコートの男は、おおよそ公務員とは思えない、狂気的な笑みを浮かべていた。











「これでよしっと。いいぞ、出て来な!」

 地下駐車場に待ち構えていたテレビクルーや、それを抑え込んでいた警備兵を見境無くボコボコにしたアルドロは、扉の陰に隠れていたオリガを呼ぶ。
 少年とはいえ立派な傭兵の一員だ。おまけにオールナイトで王女を張っていたテレビクルーや、それを諫めていた警備兵に反撃するほどの体力は残っておらず、結果数十名の気絶した人間の山ができあがった。

「……ちょっとやり過ぎじゃないですか?」

 アルドロの容赦の無さっぷりに困惑するオリガだが、アルドロは構わず、一人の警備員からバイクのキーを拝借した。

「近くにいたあいつらが悪いんだよ。それより、クソジジイ達が気づく前にさっさと行こうぜ」

 もちろん、エーカー達が王女を外に出すのを赦すわけが無い。完全に独断行動だ。
 バレたら大目玉だが、他でもない王女の頼みなら仕方ないだろう、とアルドロは特に悩むふうでもなく、オリガの願いを承諾したのだった。

 キーを回し、バイクのエンジンをかけるアルドロ。小気味いいモーター音が地下に響き渡る。

「で? 行き先は?」

 オリガにヘルメットを投げ渡しながら、アルドロは尋ねた。

北へ。一先ずはブランクフォールまで出てください。細かい場所は追って伝えます」

 オリガはそう言って、手の中の手紙を握りしめる。

「叔父様はきっとそこにいると思います」