A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ #15 「Black and White」

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「B-00量産型人造人間は10体全て破壊。こちらの損害はトラック1台運転手1名。戦闘員に損害はありません」

 ナイツロード団長室でイリガル・エーカー団員は淡々と先の任務について報告していた。あの後、特に難事も無く任務——B-00の完全破壊——は終了した。ただ帰りのヘリの中でアドレナリンが切れ、痛みで暴れる少年を鎮めるのには相当難儀したのだが。
 団長室は相変わらずの清潔さと上品さを保っている。以前来た時と異なるのは、デスクの上に挿してあったハナズオウが消え、代わりに小さいカモミールの鉢が部屋中にその甘い芳香を漂わせているところだ。

「……ご苦労様でした。報酬は後日団員それぞれにお渡ししましょう。」

「団長、それと」

 エーカーは懐から手のひらサイズの何かを取り出し、デスクの上、レッドリガの目の前に置いた。USBメモリだ。

「B-00の研究結果です。任務ついでに失敬してきました。向こうが提示した報酬じゃあちょっと物足りなかったですから。元々俺はこの任務に参加するはずは無かった。追加の特恵があっても何ら問題は無い、むしろあって然るべきだ。……そう思うでしょう?」

 エーカーはそう言って口端を吊り上げた。レッドリガも感心したように笑う。

「……ふふ、貴方もなかなかどうして隅に置けない人間ですね。しかし、人造人間を導入でもしたら我々傭兵の仕事が無くなってしまいます」

「はは、違いない」
 
 愛想良く笑うエーカーだったが、そういえばナイツロードの中にも半分機械の人間とかサイボーグとか、ていうかまるっきしどうみてもロボットとかいた気がしたような……兵器そのものでなければいいのか? と、ナイツロードの包容力に改めて驚嘆していた。

「ですが、技術自体はかなり有用ですからね、参考にさせていただきますよ……そういえばまだあの事について報告していませんでしたね」

「あの事……?」

 首を傾げるエーカー。

「ええ、貴方に頼んだ密偵の調査ですが、既に済みましたよ」

「済んだ……というと、もう捕らえたと?」

 レッドリガの言葉にエーカーはとぼけた。無論、それが演技であることは言うまでもない。

「正確には、某国の国境警備隊が機密書類を持ち歩いていた密偵を蜂の巣にした訳なのですが。私も今朝防衛大臣から連絡があって初めて知ったのですがね、全く間抜けな話です。まぁ知られた所でほとんど支障のない情報ばかりですから、余計な心配はいりません」

 エーカーは、そう説明するレッドリガの視線が、彼の長い前髪を挟んで自分の表情に注がれている事を悟った。バレる要素はない。アリバイもあるし、証拠も全て抹消した。だがレッドリガの眼力は、まるで自分の頭の中を覗かれているような気分がして、エーカーはとてつもないプレッシャーを感じていた。

「しかし……」

 しかしまさかデリブが、と言おうとしてエーカーは慌てて口をつぐんだ。まだレッドリガはデリブが犯人だったとは一言も言っていない。こんなところで墓穴を掘る所だった。

「しかし、今度同じような事件があったら俺以外の団員に頼んでくれないか? どうも同僚を疑うってのは想像以上にキツくてな……」

 代わりに用意した言葉は、はっきり言って虚言もいいとこだ。自分の悲願を邪魔だてする人間は、同僚だろうが飼い主だろうが容赦なく始末する覚悟がある。エーカーは、自分は恐らくこの傭兵団の誰よりも人情とか道義とかいう言葉に遠い存在なのだろう、と思った。本来利益で動く傭兵に人情も道義も必要ないのだが。

「それは他の団員に頼んでも同じ事だと思いますよ、私も仲間を疑う事は辛いですから」

 レッドリガもそうは言ってるが果たしてそれは本心なのだろうか。今度はエーカーがレッドリガの表情に視線を注ぐが……さっぱりだ。やはり人の考えている事なんて中々読めるものではない。

「……では、俺はこれで」

 部屋を出ようとしたエーカーは、出入り口で一人の青年と鉢合わせた。どうやらちょうど団長室に入ろうとしていたその青年は、自身がスパイ活動をしてる上で特に危険視している人物だ。頭が切れるという意味、で。

「失礼、色男」

「……」

 青年は軽口には答えず、ただ不審の表情を投げかけてくる。疑いを隠しもしない相手に、エーカーはただそら笑いをしてその場を切り抜けた。

「……やれやれ」

 長らく団長と会話していたせいで、一気に体内のカロリーが消費された感覚がした。良いダイエット方法かもしれないが、痩身の人間にとってはむしろ体に毒だ。

「……腹、減ったな」

 そうと決まれば、とエーカーは食堂へ直行した。食事は自分の務めを忘れられる唯一の時間だ。










「失礼します」

 エーカーと入れ違いに入ってきたのは、白髪で軍服で身を包んだ青年だ。眉目秀麗で中性的な顔立ちは、秋波を送ればたちまち女性を虜にしてしまいそうなものだが、同時に彼の顔には憂いの気色も残っていた。

「……ああ、そういえば貴方にデータベースのセキュリティを任せていましたね、レイドさん」

 レイド、と呼ばれた白髪の青年は、レッドリガの前に立つと、手に持った書類をデスクに置きつつ言った。

「ご命令通りここ数週間のデータをまとめました。団員情報にも依頼状況にも特に変化はございません」

 白髪の青年はその能面を崩すこと無く続ける。

「……デリブ団員以外は」

 レッドリガはレイドが置いた報告書を手に取り、眺める。

「入団時期と情報が漏れ始めた時期が重なっていますね。故郷を失い自室に籠っていた時期は情報の漏洩が特に激しい。そして、今回の案件……」

 一通り目を通したレッドリガは書類を静かに自分のデスクに戻した。

「貴方の意見はどうですか?」

 この傭兵団を一人で纏め上げるレッドリガが他人の意見を求めるというのはそれほど多くないことだ。レイドは目の前の謎多き人物に試されているような気分がした。

「……彼の部屋のPCにも任務データベースをハックした形跡がありました。最早疑いようが無い」

 レイドはそこまで言って一呼吸おき、続けた。

「……疑いようがないほど証拠が『ありすぎる』。団長、これはあくまで憶測ですが……恐らくデリブは真犯人ではない。別の人間にハメられて殺された。……そう、思うのです」

「ほう?」

 レッドリガは興味深そうに呟き、先を促す。

「このリークが発覚する以前から定期的に、このナイツロードの情報は裏社会に漏れていた。ナイツロードの沽券に関わるようなインシデントは起こしてはいないとはいえ、一軍事機関の量子暗号を跡もつけずに盗聴し、裏に渡りをつけることは容易ではない……それほどのことをやってのける人間が、あんな不手際で死にますか?」

 レイドの熱の籠った解説にレッドリガは子供の成長を褒める親のような口ぶりで賞賛した。

「……なるほど、貴方にしては中々柔軟な発想ですね」

「ですからまだ内部に密偵が……」

「憶測、では無かったのですか? レイドさん」

「……っ! 確かに、証拠はどこにも……」

 欲張りすぎてしまったか。レッドリガの鋭い指摘にレイドは身を引くしかなかった。

「動かされる側の貴方には分からないでしょうがね、傭兵の扱いはかなりデリケートなのですよ。確固たる証拠が無い以上動くことはできません。捜査が長引けば団員達の不信感を助長することにもなりかねませんしね。とりあえず、ここで捜査は一旦打ち切りとしましょう」

 レッドリガはそう言ったが、レイドはどうにも納得できないでいた。自らを含め、ナイツロードには他に行くあてが無い者達がごまんといる。傭兵団という前に衣食住を満たす巨大な集合住宅みたいなものだ。もし、それが無くなりでもしたら只事ではない。そんな危機的状況が情報漏洩で現実のものになるかも分からないというのに、少々対処が甘めなのでは、というのがレイドの率直な考えだった。もちろん家主であるレッドリガの意向には従わざるを得ないのだが。そこまで考えて、ふとレイドの頭に疑問が浮上した。

「それにしても不思議ですね。今までリークされた情報はどれも重要度が低い。売ってもまともな金にもならないしこちらの損害も少ない。ではデリブ団員は一体何が目的だったんでしょう?」

「別の傭兵団の妨害という線は限りなく薄いでしょう。ともすれば彼はライバル社の注意を逸らす為にわざと我々の情報をリークして油断させていたのかもしれませんね」

「ナイツロードの為に、ですか……それも『憶測』、でしょう? 我々に益があるものだと判断するにはまだ早いと思うのですが」

「おっと、中々痛い所を突かれましたね」

 さも困ったかのようにレッドリガは肩を竦める。

「では、引き続きセキュリティのほうは任せましたよ。貴方の言う損害が出ないように」

「……いやに僕のことを信用してるんですね。何か裏がありそうで薄気味悪いのですが」

「おやおや、トラストがものを言うこの世界で何をおっしゃるんですか。それとも、エクス団員と交代でもしますか?」

「……いえ、継続して僕がやりますよ。あなたを信用して」

 そう言ってレイドは退出の辞を述べると静かに団長室を後にした。

 再び部屋に独りきりになったレッドリガは椅子にもたれつつ、

「しかし害虫も益虫も、家屋に巣食うという本質を取り除くことはできませんからね」

と独りごちた。

 デスクの上のカモミールを眺めるレッドリガの目は、どこか真剣そうでもあり、楽しそうでもあった。