A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ #7 「Blackthorn」

おそらく今年最後の更新


《S国K国国境警備施設付近》


「ついてるな……」


 白銀に染まった3m強のコンクリの建物郡を抜け、プレハブの陰から月が雲に覆われているのを見て、デリブはそう呟いた。もちろんその了見は、月光で敵に見つかる危険が減ることからきている。目的地でK国のエージェントと落ち合い、極秘資料を渡す。任務はそれだけ。四方を山で囲まれた警備施設は警備兵の数こそ多いものの、ちょっとした建物や木の陰など隠れることのできる場所も多く、この手の任務のプロのデリブにとっては訳ない仕事だ。だが難易度がどうであれ、デリブは任務を等閑したことは無い。それが彼の失敗しない為のポリシーである。

(帰ったらエーカーにお礼言わないとな)

 暗視ゴーグルをかけながらデリブはそう思った。廃人同然だった自分をこの場に呼び戻してくれたのはエーカーだ。仲間内じゃひねくれていることで有名だったが、やはり、彼にもいいところはあるのだ。いや、彼だけじゃない。エーカーが部屋に来る前だって多くの仲間が見舞いにやってきてくれた。皆の励ましのおかげでここにいることができるのだ。
 だが、デリブはこの任務が終わったらナイツロードを辞めることを心に決めていた。故郷を失った心の傷は完全には癒えていない。このままナイツロードに留まっていても皆の足手まといになるだけだ。仲間と離れるのは辛いが、迷惑をかけてばかりもいられない。

(――と、いけないな。任務前にネガティブなこと考えてちゃ)

 緑色の短髪を黒い頭巾ですっかり覆い隠したデリブは、故郷のムルタバのことを考えながら、『最後』の任務に臨むのであった。















《T国研究所周辺》


「ツイてねえなぁ……」

 エーカーは雲に覆われた夜空を見て顔をしかめた。1体目の殺人兵器に襲われてからずっとこの調子だ。足であるトラックを失ったことに関してか、それとも何か別のことか……ただのきまぐれか……答えはあいつにしか分からない。
 徒歩での移動が30分程続いた。不意にイクスが前方に向かって指をさす。

「……あれが研究所か?」

 30分のハイキングの末、不毛の荒野のド真ん中にそびえ立つ人工の白い壁を見つけた。イクスが口を開く。

「どうやら、そうみたいだな。ということはここはもう『奴ら』の索敵範囲内か……」

「まあ、そうはいっても外にいるのはせいぜい2,3体程度だろうがな」

 イクスの言葉にエーカーが付け加える。

「何故そう言い切れる? 人の支配を嫌って暴走したのなら、既に脱走していてもおかしくはないが」

「確かにな、だが相手は戦闘行動に特化した量産型の殺戮兵器だ、チームで行動するようにプログラムされているハズ。むやみに外に出るのは危険だと分かっているだろう」

「では先ほど襲い掛かってきた個体はどう説明するんですか? 外で、1体で、襲い掛かってきたあの個体は? 」

 2人の会話にデルタも加わる。正直、オレには言っていることはさっぱりなんだが、とりあえず理解したふりをして頷いた。エーカーは腕を組みながら答える。

「奴は恐らく偵察だろう。分かってるとは思うが人間の場合、守備の見張りは2人以上で1組が普通だ。片方が襲われてももう片方が異常を陣地に伝えられるようにな……だが奴は1人だったところを見ると……」

「生命信号が途絶えた事に気付き、僕達のことは敵に筒抜けかも、ですね」

 焦りを感じさせないデルタの言葉に逆にこっちがビビった。

「何だって!? じゃあもうオレ達がここに来てることバレバレだっつーのかよ!? 」

「落ち着いてアルドロさん。まだこちらの人数が割れたわけではないし、こちらには彼らを倒す方法がある。勝機は十分にあります」

 デルタは至って冷静だ。甘いマスクの裏にある、いくつもの戦場を生き延びてきたその自信。恐らくオレはこの4人の中で一番経験が乏しく弱いのかもしれない。未熟な自分を過去とするために、強くなるためにこの傭兵団に入ったのに――だ。今まで背を向けてきたが、ここにきてやはり身にしみて感じさせられた。

「デルタの言う通りだ。早急にカタをつける必要がある。この地図を見ろ」

エーカーが腕についている小型端末のホログラムを皆が見えるように拡大した。オレは自分自身しかみていなかったが。

「これが研究室内部の地図だ。1Fエントランス、用具室、ラボに食堂……階段は4つ。エレベーターもあるが使えないものと思っておいてくれ……トイレは1Fに3つ2Fに2つ……この細い線はダクトだ、よほど体がデカくなけりゃ入れる……とにかく! 今知りたいのは敵の正確な位置だ。それを知るには……」

そこでエーカーの言葉が途切れた。ふと我に返ると、3人が一斉にオレの顔を見ている。

「……オレ?」

「偵察員なんだろ? こういうのには慣れているはずだ」

 イクスが銃弾のような視線をこちらに浴びせて言ってきた。

「え、まぁ……そうだけど? 」

「じゃあアルドロさんに行ってもらうのがいいですね! 」

 デルタは期待のこもった満面の笑顔で賛成した。

「あ……いや……そう……なのか? 」

「もしかして自信ない? 」

 ……エーカーの表情はいうなればスラム街の下水道に流された犬のフン並にゲスな笑顔だ。見下し、あざける様子を隠そうともしない。そういう人間が集まる庸兵団で言う言葉ではないかもしれないが、あえて言うと最低の人間だ。もちろん庸兵団の中には気高い誇りを持ち、相手に常に敬意を表するような人間も中にはいる。本当に両極端だ。そもそも傭兵を性格で評価するのが間違っているのだが。
 そんなことを考えて言い返すのも忘れてしまっていたためか、エーカーの奴は逆に気味悪がっていた。

「えーと、んじゃとりあえず中の敵の人数と配置、できれば巡回ルートを調べてきてくれないか? もしもの時のために注射器を一本だけやる。絶対勝手なマネするんじゃねえぞ? いいな?」

 エーカーが念を押しながらオレに注射を渡してきた。だが、オレはどちらかといえば偵察よりも、このリーダー面したオヤジの鼻を明かすことの方に興味があった。

「わーったよ、オレに任せときなって! ちゃんと留守番しとけよ? “ボーズ”」
 
エーカーの口真似をして挑発する。案の定奴は引っかかった。

「テンメーッ! 年上に向かってなんて口利きやがんだっ! 」

 戒めのために振り下ろしたゲンコツは、オレの頭に当たることなく空を切る。オレの体は一瞬間前までそこに確かに立っていたはずなのに、姿形もない。まるで一瞬にして掻き消えたように見えただろう。鉄拳制裁を加えようとしたご本人は拳を振りぬいた体勢のまま、訳も分からず呆然と立ち尽くしている。これまで散々おちょくられてきただけに、いい気味だ。
 エーカーの背中側の影からオレの手が伸びて奴の両足を掴み、思いっきり引っ張る。

「ほぶおっ!? 」

……その結果、奴はつい先ほどトラックが横転した時の様に、地面に顔面を思い切りぶつけた。デルタとイクスはそんなアワレな中年に追い討ちをかけるように、冷たい視線をクール宅配している。

「へへへ……ざまーみろってんだ! 」

オレは体半分を影から出し、鼻を押さえてうずくまっているエーカーの背中に向かってこう言ってやった。
 なるほど。人をおちょくるってのはこうもスッキリするものなのか。おかげでスガスガしい気分のまま偵察にいけそうだ。
 









《B-00量産型残り9体》




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またしばらく更新できません……って待ってない?