A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #23 「Spritzer②」

「までゴラァ!」

 王女を抱え、長い廊下を走り去ろうとするユーリを、エレクは追う。

 エレクの持ち前の脚力なら簡単に追いつけるはずだが、ユーリが精製した鴉を薙ぎ払いながら追っているため、なかなか手が届かない。電撃射程内の距離に食い止まるのが精一杯だ。

 電撃を飛ばそうとも思ったが、彼の抱えている王女にも怪我を負わせかねない。
 命中させる自信はあるが、弱い威力で撃っても効果はないだろう。かと言って強い威力で撃てば、王女が黒焦げになる。

 こういう人質がらみの仕事をエレクは得意としない。能力のせいもあるが、先手必勝一撃必殺の戦闘スタイルがあっていないのだ。
 正確さとか慎重さとかいった分野にはレイドの方が向いているが、あいにく相棒は別の相手で手一杯である。ここは一人で乗り切る他ない。

 どうにかして二人を引き離し、ユーリだけを攻撃せねばなるまい。

「うおらっ!」

 エレクは右手に持っていた剣を、鴉を切り捨てた勢いそのままに投げ飛ばした。剣はブーメランのように回転しながらユーリに向けて飛んでいく。

 ユーリは後ろ手に、手刀で剣を弾き落とす。普通なら腕が真っ二つに裂けてしまいそうなものだが、腕の皮膚をサイのように硬化させられるからこその芸当だ。

 その隙にエレクは持ち前のスピードでユーリに接近した。予備の剣を取り出し、首を刎ねようと肉薄する。
 もし躱したとしても、その隙をついて再び攻撃のチャンスが生まれる。オリガを離しさえすればこっちのものだ。剣撃やら電撃やら好きに料理できる。
 しかし、エレクの予想とは裏腹に、ユーリは再度腕を振り上げた。硬化していた腕が、今度は縄のようにぐにゃぐにゃと波打った。

「!?」

 エレクはその異様な光景に度肝を抜かす。骨が一瞬にして無くなったかのようだ。しかも長さまで変わっているように見えた。
 変形した腕をユーリが振り降ろすと、腕が肩から千切れて空を舞い、エレクの体に巻き付く。

「っ!?」

 巻き付いた腕の表面は、まだら模様で細かい鱗に覆われている。

 アナコンダだ。

 上半身を封じられてバランスを崩し、倒れるエレク。ユーリは飛ばした片手を再生しながら、オリガを抱えて廊下を後にする。
 逃すまいと振りほどこうとしたが、予想以上の力で締め付けられて身動きが取れない。それどころか、アバラを折る勢いでますます締め付けてくる。

「がぁっ…!」

 肺から空気が絞り出され、エレクの意識が朦朧としてきた、その時。

 エレクの走ってきた通路から銃声が鳴り響いたかと思うと、アナコンダが真っ赤な花を咲かせて砕け散った。
 肉片が床に散らばり、エレクは自由の身になる。

「な……」

 エレクが首を振って飛びかけた意識を元に戻すと、いつの間にか黒い大きな人影が自分の前に立っていた。
瞬時に敵だと判断し、エレクは剣の柄に手を遣るが、黒い大男はそれに構わず、エレクに手を差し伸べる。

「無事か?」

 大男から発せられた声は低く冷たいものだが、内容からして敵意のあるものではなかった。

「——なんだ、味方かよ…」

 剣の柄から手を離し、差し伸べられた手を握るエレク。
改めて大男の全身をつま先から髪先まで見るが、見覚えのあるものではない。
……記憶力には自信がないので忘れているだけかもしれないが、こんなインパクトのある人物、一度見たら忘れるはずもないだろう。

「ナイツロード第三支部、イクス・イグナイトだ」

「エレク。エレク・ペアルトス。あんたが王女の護衛をしてたのか?」

 イクスは渋い顔を変えずに銃をホルスターにしまう。その一連の動作に、少々の苛立ちが感じられた。
 どうやら、思った以上に状況は芳しくないようだ。

「ああ。数時間前までは、だが。他のメンバーは散開してユーリを追った。そっちは何人だ?」

「オレとレイドの二人だけだ。レイドも別の奴の足止めを喰らってるが……あいつなら一人で大丈夫だろ。オレたちもヤツを追おう」

 イクスはエレクの言葉に首を縦に振った。















 飛んで来る大小様々な銃弾が、電撃によって悉く撃ち落とされる。

 まるでシューティングゲームをしているかのようだが、向かって来る弾は実弾であり、当たればタダでは済まない。
しかし電撃を放っている男……ロンゴは、そのゲームの熟練者のように余裕のある顔つきで銃弾を撃ち落としていた。

 その能力は、銃弾を撃ち続けている男−−レイドにしてみれば見慣れたもの……さらに言ってしまえば、見飽きたものだった。

 エレクの、電撃を操る能力。

 彼の能力は法力ではなく、生体電気のそれに近い。体内で電気を生成し、体外に放出する。
特殊な体構造を持つエレクだからできる芸当であり、普通の人間なら体内で電気を作り出した時点で自分が感電してしまう。
エレク以外にその体構造を持ち、同じような能力を持つ人間を、レイドは見たことはない。
 彼の体を分析したことのあるレイドにとっては、それは承知の上だ。

 承知の上で——レイドは目の前で起こっていることが未だに理解できずにいた。

 打ち出された電撃は、明らかに法力の力ではない。エレクと同じ能力を持つ人間が、もう一人いたということか?
 それにしては……不自然すぎる。
ロンゴの電撃を放つ、一挙一動、予備動作からフォロースルーまで、エレクのそれとは微妙に違うように見えるのだ。

 この、違和感の正体は何なのだ。

「試してみるしか——!!」

 レイドは両腕にマシンガンを装備し、ロンゴに対して撃ちまくる。
 ロンゴは電撃の壁を展開し、それを弾き飛ばした。

 そのまま、前方のレイドに対して電撃を放つ。

 が、銃弾の晴れたその先に、レイドは立っていなかった。

 ロンゴが振り向くより早く、レイドは背後から再びマシンガンの一斉射撃を喰らわせた。
 電撃で防ぐ余裕もなく、銃弾の雨を全身に受けるロンゴ。
 力を失った腕から電撃があらぬ方向に放出され、ボロ雑巾のようにぐしゃぐしゃの体になったロンゴは膝をつく。

(よし——やった……)

 レイドが敵の死亡を確信した直後、自分の手に持っていたマシンガンがバラバラに弾け飛んだ。
 そのまま、体が後ろ向きに吹き飛ぶ。

 壁に打ち付けらたレイドは、全身が銃弾で貫かれているのに気がついた。

 ——撃たれたのか? いつ?

 何が起きたか理解しようとするレイドだったが、その思考が一瞬で停止する。
 銃弾の浴びせた筈のロンゴが、目の前に立っているのだ。

 軍服は穴が空いているものの、体にこれといった外傷はない。それどころか、血の一滴すら衣服に付着していない。
 一瞬前までボロ雑巾のようになっていたのに、だ。

「おかしいねぇ……」

 倒れたレイドを見下ろしながら、ロンゴは呟いた。

「確かに銃弾を浴びせた筈なんだけど……どうして君は生きているんだい?」

「それは、こっちのセリフですよ!」

 言うが早いか、レイドは両足にスラスターを展開し、噴き出した炎をロンゴに向けて浴びせる。
 移動用とはいえ、火力はそれなりだ。ロンゴの顔が炎で焼かれ、爛れるのが見えた。
 レイドはそのままスラスターの推進力を上げ、天井を突き抜けて上階に上がった。

 上階は空港スタッフの会議室だったらしく、机と椅子が円形に並べられ、ホワイトボードが壁際に置かれていた。
 レイドはその円形のちょうど中心から飛び出した。
瓦礫が机やホワイトボードを穴だらけにしたが、幸か不幸かそれを咎める者はここにはもういない。

 スラスターを収納し、レイドは自分の体のダメージを確認する。
 常人なら既に死んでそうな怪我だが、"特別製"のソレは特に問題が起こっているようでもない。
問題があるとすれば痛みだが、傭兵となったレイドにとって、この程度の痛みは知りすぎて忘れるほどだった。

(まだ動けるな……問題は……)

 レイドが振り向いた瞬間、レイドが空けた穴からロンゴが飛び出してきた。
先ほどの焼け爛れた筈の顔は、すっかり元に戻っていた。
 銃を構えるレイドに対し、ロンゴは一切の迷いなく、何も持っていない右手をレイドに向かって突き出す。



 その右手から炎が放出された。













 セントフィナス王国郊外の商店街は、繁盛しているとは言い難いが、それでも店の主人達が不自由なく生活できる程度には儲かっている。
 北欧とも欧米とも違った、セントフィナス特有の風土から生まれた料理や嗜好品の数々は、物珍しいものが大好物である観光客には特に人気だ。

 また、都市部の高額なホテルに泊まる予算のない旅行者は、商店街の一角にある安宿で済ますのがお決まりとなっている。
 安宿とはいえ、絶佳な景色や豪勢な料理がないこと、部屋が少なく狭いことに目を瞑れば、数日間泊まるだけならさほど不自由のないものだ。

 その安宿が安宿たらしめているものといえば、やはり従業員の少なさだろう。
 家族経営のそこは、部屋の掃除を主人が、料理と洗濯を主人の奥さんが、受付を主人の娘がそれぞれ担当している。宿の小ささ故に負担はさほど大きくなく、人件費もかからない。おかげでリーズナブルな値段で客に宿を提供できるわけだ。
 とはいえ、主人は自分の歳を考えて、そろそろ閉業するか、新しい主人を迎えようと思っていた。

 これからどうしようか。閉業して娘を嫁ぎに行かせ、妻と静かに老後を送るか。それとも婿を迎えてこの宿を継がせるか。そんなことを部屋の掃除がてら考えていた宿の主人がふと窓の外を見ると、人通りの少ない商店街を駆けていく人影が見えた。黒い服を来た男が、金髪の子供を抱えて走っている。

 飛行機に遅れそうな旅行者かな、と一瞬思ったが、走っている方向は空港とは反対側である。

 しばらく考えてみるが、これといった理由は思いつかない。まぁ、いくら考えたところで自分とは何の関係もないことだろうが。
 ところで、あの金髪の子供、どこかで見覚えがあったような。

「おやっさん! おやっさん!」

 思考にうつつを抜かしていると、宿の受付をしていた娘が慌ただしく階段を登って部屋に入って来た。

「何じゃアン。また部屋の鍵を無くしたのかい? それとも言葉の通じない旅行者かい」

 呆れた顔で娘に問う主人だが、娘の真っ青な顔色を見て表情を変える。

「……どうした」

「おやっさん……さっき、商店街の前を人影が走ってって、男の方は分かんなかったけど、男に抱えられてたの……」

 階段を全速力で上がって乱れた息を整え、娘は言葉を続ける。

「どう見ても王女さんでしたよ、あれ……」

 娘から驚愕の事実を伝えられ、主人は驚きのあまり、危うく口から入れ歯が飛び出そうになった。