A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #22 「Spritzer①」

 ヘリから勢い良く飛び出したレジーは、全身に法力を展開して空中制御と衝撃吸収を同時に行ない、コンクリートの地面に難なく着地した。

 瞬時に拳銃を構え、周りを確認する。空港の滑走路上に、不審な人影はない。
 周囲が安全であることを確認したレジーは手を挙げてヘリに合図を出した。
 ヘリが地面に近づくと、続いてデルタ、イクス、エーカーの順にヘリから飛び降りる。
 

 セントフィナスの地。
 本来なら王女を伴い、何事も無く踏みしめる筈だった地面。

 しかし男達は悔いもせず、ただ淡々と自らが果たすべき任務——王女の奪還と黒幕であるユーリ・マルケロフの抹殺——を遂行するため、地面を踏みしめ、歩を進める。

「おい見ろ!」

 レジーが指差した先に、ヘリの残骸が散らばっていた。
 否、本当にそれがヘリの残骸だったのか、ましてや、ユーリとオリガが乗っていた黒い小型ヘリなのか、確信できない程に木っ端微塵になって炎をあげている。残骸の一つに描かれたセントフィナス王室の紋章が、かろうじてその残骸の原型を知らしめていた。

「……落とされたのか?」

「いや、そんなヘマをする相手じゃないだろう。それにセントフィナスに殺傷武器は、ましてやミサイルなぞ無い筈だ」

 レジーの呟きにイクスが答えた直後、銃声が耳に飛び込んできた。空港からだ。
 一斉に男達の目つきが変わり、視線は空港の方向に注がれる。

「総員戦闘準備」

 低く、冷たい声でエーカーが号令を出した。






「……世話んなったな」

 上空100mを飛ぶヘリコプターから身を乗り出しつつ、アルドロは自分をここまで運んできた者達に振り返って礼を言った。
 得体の知れない連中とはいえ、彼らが自分をここまで運んでくれなければ、挽回のチャンスもなかった。普段は素直とは言い難い性格のアルドロも、ある程度の義理堅さは持ち合わせているようだ。

「ああ、パラシュート開くの忘れんなよ」

「忘れるかよ!」

 早速打ち解けた茶髪の青年に茶化されながら、アルドロは眼下のセントフィナスの街並に向け、迷うこと無く足を踏み出した。

(オリガ——待ってろ)

 






「……エーカーが言った通りの奴だったな」

 アルドロが去った後、黒コートの男——リクヤは、足下に広がる白い街を眺めながら、静かに独りごちた。

「しかし、臭うな。血の臭いだ」

「あのガキ、ボロボロだったもんなぁ」

 茶髪の青年の言葉に、リクヤが「そうではない」と否定した。

「生まれながらに——いや、生まれる前から戦争の中にいた。奴からはそういう臭いがした」

「それがどうかしたんスか」

「ああいう奴の周りは必ず災いと争いが起きる。この前のWDOの暴走の一件も、渦中にいたのはファイナスの落とし子だった。戦いを巻き起こす血筋というものは、そう簡単には無くならないものだ」

 昨年起きた、世界防衛機関WDOと国際テロ組織の癒着。
 その争いに飛び込み顛末を目の当たりにしたリクヤは、血統が引き起こす争いの連鎖を、まじまじと見せつけられた。

 先ほどの少年からも、その雰囲気を感じ取れたのだ。
 恐らくは親か先祖が大きな争いに巻き込まれ——或いは引き起こしたか。そして彼にはその争いの残滓が確かに残っている。

「……私がいくら渇望しても得られないものを、奴は持っている」

 いつになく遠い眼差しで、リクヤは静かに呟いた。














「ユ〜リィ……!!」

 噛み殺した言葉と共に、あらん限りの憎悪を込めた眼差しで、ユーリを見つめる長身の男、ロンゴ。
 それは電車の中でエーカー達と相対した様子とは全くの別人だった。既に彼にとっては弟や仲間の死など眼中になく、ただ王室への復讐心だけが、真黒な炎と共に彼を動かしていた。

「エーカーから始末されたと聞いてましたが……」

 そう言って彼と同じく『真黒の炎』を瞳に宿しつつ、ユーリはロンゴの額を見る。彼の眉間には、確かに銃弾が穿たれた跡が残っていた。
 それを確認して、ユーリは再び嘆息する。

「風神と雷神。イザナミイザナギ。二つの対照的な力を持つ存在は、それ自体に意味を帯びる。……そういえば、あなた方は部隊の中でも特に有名でしたねぇ……『法力武人』ボンゴ・コックバーン、そして……」

 過去を思い出すかのように、ユーリは目を細めて言葉を紡いだ。

「『不死超人』ロンゴ・コックバーン」

 名を呼ばれたロンゴは、特に反応も見せずに、じっとユーリの様子を窺う。他方、背後で体勢を立て直したエレクが再び剣を構え、叫んだ。

「邪魔しやがって! テメェも敵か!?」

 ロンゴに向けてエレクが叫ぶが、ロンゴは背を向けたまま、返答しない。最早、王室への復讐を願う彼にとって、脅威の一つとなろうナイツロードさえも視界に入っていないようだ。

「返事しろって!」

 言葉による警告は無意味だと判断し、電撃を放つエレク。浴びればひとたまりもない数十万ボルトの青い稲妻は、光速の早さでロンゴに迫る。
 ロンゴはそれを避けるどころか、防ぐ素振りも見せず、エレクが放った電撃を真正面から受けた。
 案の定、全身が麻痺し、膝をつく——

 否。

 膝を折り畳んだその状態から、ロンゴはナイフを両手にエレクの下へ跳躍した。

「なに——!?」

 予想外の行動にエレクは驚愕しながらも、ロンゴの繰り出した横薙ぎを、上体を反らしてギリギリで躱す。

 ロンゴの立っていた足下に、弾丸が一つ転がっているのを見咎めたユーリは、誰に言うわけでもなく一人呟いた。

「……やはり、能力は健在と言うわけですか」



「クソっ!」

 素早いナイフの剣戟を受け止めるエレク。捌けない攻撃ではないが、これでは肝心のユーリに近づけない。耐えかねたエレクは、傍らのレイドに助けを求めた。

「レイド!こいつ強いぞ!」

「——みたいだね」

 レイドは冷静にエレクとロンゴの戦いを見定める。

 ……エーカーからの報告にあった装備とは少し違うな。

 ボンゴの使用していた法力スーツによる絶縁装備は、使用者が法力を絶えずスーツに法力を流し込んで初めて効力を発揮する。
 だが、目の前の長身の男からは一切法力を使用している素振りを感じない。

 法力無しであの電撃を捌いたとなると——何かの異能力か。
 何にせよ、それを確認する為にはもう少し様子を観る必要がある。

 牽制に、拳銃を取り出しエレクの背後から弾丸を射出する。発砲音で察したエレクは頭を傾けた。弾丸がエレクの傍を掠め、ロンゴに近づく。

 その攻撃に対し、ロンゴは手をかざす。彼の手から電撃が放たれ、弾丸があらぬ方向に弾け飛んだ。目を見開くレイドとエレク。

「!!」

「こいつ、オレと同じ能力を——!?」

 瞬間、ロンゴは振り向き、背後へ向けてナイフを投擲した。ナイフはその場を離れようとしていたユーリの足下に刺さる。

「逃がさない、というわけですか」

「……王女をこちらに渡しな、そいつを殺すのは僕だ」

 口を開くロンゴ。

「断ると言ったら?」

「お前も殺すまでさ——!」

 ロンゴが腕を一振りすると、数十のナイフが姿を現し、ユーリに迫った。
 対するユーリは、左腕を鴉に変化させて盾にする。ナイフが突き刺さり、血飛沫と断末魔が放たれた。

 追撃を行なおうとしたロンゴの頭上を飛び越えて、エレクがユーリに突進した。

「なんだか事情が分かんねぇが、お前ら二人まとめてボコせばいいってことだな!」

 エレクの斬撃を躱すユーリ。

「やれやれ、ナイツロードに憲兵の残党……面倒なことになってきましたね」

 その背後にレイドが現れ、銃を突きつける。

「面倒なら諦めるといい、その方が僕らも助かる」

「……失礼、今のは冗談だ」

 一瞬にして全身を大量のネズミに変えるユーリ。

「!」

 間近でその変化を目にしたレイドは、その事実に驚愕する。
 恐るべきは、変身という能力自体ではなく、能力の発動速度だ。おまけに変化後、いくらネズミを殺そうと一匹でも残れば全身が復活する。
 いくら至近距離から攻撃しようが、一瞬で全てのネズミを焼き払わない限り勝ち目はない。

(この装備では無理か……)

 銃を仕舞い、素手になったレイドは自身の能力を発動しようとする。しかし、ロンゴの突進に阻まれた。

「邪魔をするなぁ!!!!」

「……こっちからすれば、君も十分僕たちの邪魔をしているんだけどね」

 ロンゴの恫喝に、レイドは皮肉気にそう答えた。

 一方のユーリは再度ネズミを人間の体に変え、オリガを抱えて走り去る。

「エレク!」

「分かってるって!」

 その後を追うエレク。更にそれを追いかけようとしたロンゴを、レイドが威嚇射撃で阻んだ。

「……悪いけど、君を放っておくわけにはいかないんだ」