A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #21 「Corpse Reviver No.2」

「………………」

 ヘリに乗ってから、アルドロはずっと押し黙ったままだった。

 ヘリの中には、アルドロを招き入れた白髪紅眼で黒コートの男、先ほど機関銃を掃射してきた茶色の癖毛の髪の男、ヘリの操縦をしている男、そしてアルドロの計4人が同乗している。

 見たことも会ったこともない男ばかりだ。

 まずナイツロードの車を襲撃してきた時点で、この者達がナイツロードの同僚や味方でないことは確かだ。
 だが、だからと言って、ボンゴやアリーサと同じ憲兵というわけでもないらしい。完全なるアルドロの敵なら、アルドロをセントフィナスに連れて行く理由など、どこにもないハズだ。

 では、この男達は一体何者なのだろうか。

 色々な可能性を模索するアルドロだったが、所詮、一団員の知識では答えに辿り着けるわけもない。その上、アルドロは頭を使うということが大の苦手だ。

 コンマ数秒で思考を停止したアルドロは、目の前の男から何か情報を得れないかと、コートの男に視線を向ける。

 コートの男は無表情で腕組みをし、座席に腰掛けている。アルドロに搭乗を促してから彼は一言も喋っていないが、その存在感は他の二人の同乗者よりも遥かに大きかった。

 ……多分、この中でこいつが一番偉い奴に違いない。


「……な、なぁ」

 アルドロは意を決し、目の前のコートの男に話しかけた。すると、男は無言のまま視線だけをこちらに向ける。

 まるで目薬と間違って血を差したんじゃないかと勘違いする程の、紅く光る瞳。
 その深紅の瞳はアルドロを一瞬怯ませる。

「……どうしてオレを連れていくんだ? あんたらは一体誰なんだ? あんたの眼が紅いのはジュウケツのせいか?」

 傍に控えていた茶髪の男は、アルドロの最後の質問を聞いて、思わず吹き出す。だが当の本人である黒コートの男は、全く動じることなく、ぴしゃりと言い放った。

「質問は一つずつにしろ」

「……じゃあ、始めの……どうして連れて行くのかってヤツから」

「それが仕事だからだ」

 アルドロの質問に、黒コートの男は間髪入れず即答する。

「……じ、じゃあ、あんたらは誰なんだ」

「お前に教える必要はないし、義理もない」

「……目が紅いのは」

「生まれつきだ」

「……」

 全く訳が分からない。分かったことと言えば、目の前の男が赤ん坊の頃から眼が紅かったことぐらいだ。

 どうする?

 いや待て。他人を知るにはまず自分から、だ。漫画の登場人物だって名乗りながら登場する。ここはまず、自分のことを知ってもらおうではないか。

「オレはアルドロ・バイムラート、所属は——」

「アルドロ・バイムラート、16歳。ナイツロード戦闘員。ランクはC、能力は影移動」

「…………」

 アルドロに先んじて、黒コートの男が口早に情報を羅列する。あっけにとられるアルドロ。

 ——何なんだ。どうしてコイツはオレの事ここまで知ってやがる?

 余りにワケが分からないことに囲まれたアルドロは、無性に腹が立ってきた。

「……オイ、いい加減にしろよ! オレは何でこんなことになってるのかって聞いてんだ! テメェら一体何なんだよ!」

「教える義理はない、と言った。二度も言わせるな」

「テメェ……ッ!」

 怒りに任せて、コートの男に掴みかかろうとアルドロが立ち上がる。だが、コートの男は動揺するふうでもなく、静かに口を開いた。

「オリガ王女を助けたくはないのか?」

「!!」

 男の言葉に、アルドロは動きを止める。

「ユーリ・マルケロフが王女を連れ去り、ナイツロードの部隊はそれを追った。お前はどうするんだ、アルドロ・バイムラート

 コートの男の言葉に、アルドロは目の前の男をぶん殴る為に用意した拳を下ろし、力強く握りしめた。

「……オリガが連れ去られたのは、オレのせいだ。それは間違いねぇ……だから、助けるのもオレだ。オレが絶対に連れ戻す!」

 自らが無力だとは分かっている。もし助けに行っても、自分の力ではどうすることもできないかもしれない。
 だが、行かなければならない。黙って見過ごせるほど、オレは諦めがよくできちゃあいないんだ。

 そうまるで自分に言い聞かせるように、噛み殺した宣言を聞いて、コートの男の表情が僅かに弛んだように見えた。
 コートの男は静かに呟く。

「政府直属の機関は、他国の要人の護衛を請け負うことはできても、他国の内乱に介入することは許されてはいない——"表向きは"な……」

「……?」

「王女の無事は、お前達ナイツロードの働きに懸かっているというわけだ」













 セントフィナス王国の昼下がりは、非常にのどかなものであった。
 島は北に位置しているが、暖流の影響で国土は温帯に相当し、僅かではあるが四季も感じられる。
 今の季節は暑くもなく寒くもなく、住人にとっては非常に過ごしやすい気温となっている。
 
 国の中央に位置する広場には露店が並び、遊びに来た家族連れやカップルが、休日を楽しんでいた。
 いつもと変わらぬ日常。
 民衆は特に有り難く思うわけでも無い。日常の日常たる所以はそれが無自覚に享受できるからこそ日常なのだ。



 だが彼らは、自分達の敬慕する王女が、命の危険に晒されているとは露ほども知らなかった。



 そんな民衆の中を、せわしなく駆ける人影が2つ。人ごみの間をすり抜け、一心不乱に走っている。

 レイドとエレクだ。

 オリガ拉致の連絡を受けた2人は、すぐさま王国の東端、セントフィナス空港に向かっていた。エーカー達も追いかけてはいるだろうが、オリガと誘拐犯の乗ったヘリにはまず追いつけないだろう。だからこそレイド達が迎え撃ち、挟み撃ちの形にする必要があった。

 数分ひたすら走った後、見晴らしのいい高台で足を止めた2人は、ぐるりと周囲の景色を見渡す。目の前には管制塔がアスファルトの平坦な土地に屹立し、旅客機が一機、離陸の準備を行なっていた。

 空港の様子を一望できる場所だ。ここならば異変に真っ先に気づくことができる。

 そう思った矢先、海の向こうから何かが近づいてくるのが見えた。

 ヘリコプターだ。

 それ自体珍しいものでも何ともない。だが、セントフィナス王国においては、一日三便の旅客機と鳥以外の往来など滅多にないことだ。

「……あれか?」

 レイドが確認しようと双眼鏡を取り出そうとした時。

「あっ!?」

 エレクが小さな叫びを上げたかと思うと、ヘリが空中で爆発し、粉々に吹き飛んだ。遅れて轟音がレイド達の耳に届く。

 粉々になったヘリの残骸が、セントフィナス空港の滑走路に降り注いだ。

 ミサイルが飛んで来たわけでも、能力を使用した気配があったわけでもない。

「自爆……!?」

「いや、直前に人影がヘリから飛び降りたように見えたぜ」

「……!!」

 エレクの言葉を聞くや否や、レイドは猛然と駆け出した。慌ててエレクがそれに追走する。










 空港は阿鼻叫喚の渦に巻き込まれていた。

 ヘリが爆発したからではない。確かに酷い事故ではあったが、無人の滑走路の上で爆破したため、それによる人的被害は殆ど無い。

 だが、レイド達が空港のエントランスに踏み込んだ時、レイドはここが昨日訪れた空港と同じ場所であることを、一瞬疑った。


 イリエワニに、
 グリズリーに、
 シベリアオオカミに、
 トランスヴァールライオン。


 あらゆる凶暴な肉食獣が空港のあちらこちらに散見される。まるで動物園とでも見紛うような光景だ。

 動物園と違うのは、彼らが檻に閉じ込められていないことである。


 ワニが空港の床を這って進み、土産屋の店員の尻をガブリと噛む。

 熊は鋭い爪で、案内員をバッサリと横なぎにする。

 オオカミが集団で、すでに事切れたCAの胴体を奪い合う。

 ライオンは観光客の一人に噛み付き、首元の肉を食いちぎる。

 人間が文明によって封じていた野生の世界がそこにはあった。


「どうなってやがる……!?」

 エレクの狼狽に構わず、レイドはその阿鼻叫喚の中を駆け抜ける。
 明らかに偶然ではない。タイミングが良すぎる。こいつらは恐らく、オリガの誘拐犯が用意した……もしくは、彼によって生み出されたものだろう。

 迫り来る猛獣を避けつつ進むと、滑走路へと続く長い廊下に出た。そこで、レイドは不意に足を止める。

 向こう側から、何かが走ってくる。

 熊だ。茶色い毛に覆われた、体長2メートルはある巨体の熊。
 足が地面に触れる度に地響きを起こし、舗装された床をめくっていく。触れただけで吹き飛ばされそうな重機関車の如き勢い。


 その太い腕に抱えられているのは、意識を失っている金髪の少女だった。


「エレク!」

 レイドの号令を受け、エレクは床に手をつくと、体内に精製した電流を一気に放出し、目の前に向かって飛ばした。

 エレクの放った電流は、まさに光速の速さで熊に接近し、熊の目の前で弾ける。立ち止まる熊。

「……」

 熊は訝しむようにこちらをじっと見つめていたが、しばらくすると、茶色の毛がごっそりと抜け落ち、中から人間の男が現れる。

 黒髪に燕尾服の初老の男。

 既に王室内の人員を全て把握しているレイドは、彼がオリガの執事だと記憶していた。

 つい数時間前までは、の話だが。

「てめぇが黒幕か? さっさと王女を返しな!」

 剣を抜刀し、構えるエレク。レイドも銃を抜き、目の前の男に向ける。
 対するユーリは特に動揺もせず、目を細める。

「……やれやれ。予想はしていましたが、ナイツロードの手がここまで伸びているとは……」

 ユーリは鬱陶しそうに、右手でオリガを抱きながら、左手で頭を抱える。

 
 不意にその左腕が、ぼとりと床に落ちた。


「!?」

 2人が驚く間もなく、落ちた左腕が数十羽の鴉に分裂し、レイド達に襲いかかった。

 それを見計らい、ユーリは鴉達を盾に、元来た道を後退する。

「逃がすか!」

 相手の奇襲にも怯まずに、鴉の群れに向かって駆け出すエレク。剣を振り回し、襲ってきた鴉を片っ端から切り刻んでいく。エレクの猪突猛進さに呆れながらも、この機を逃す手は無いと、レイドはエレクが斬り漏らした個体を銃撃で撃ち落としてく。

 対するユーリは左腕を再生しては落とし、鴉を精製し続けていく。しかし、エレク達の猛攻の方が、僅かに速い。

(埒が明かないな……)

 いずれ追いつかれると踏んだユーリは、鴉の精製を止めて、全身に力を込めた。
 もう一度体を変化するつもりだ。

「させるかよ!」

 勘付いたエレクが、速力を早め、ユーリの眼前に肉薄する。電光石火の勢いにユーリの反応が遅れた。

 そして剣を振り上げた瞬間。

 エレクの真横の壁が爆ぜた。
 いや、外側から何かが突っ込んできたのだ。

「おお!?」

 慌てて攻撃を中断し、飛んでくる瓦礫から身を躱して距離をとるエレク。ユーリも同様に崩れた壁から離れる。

「ユ〜〜〜〜〜リィ……」

 砂埃が舞う中から、喉の底から圧し潰したような声が発せられた。
 その声を聞いた瞬間、ユーリの表情がより険しいものへと変わる。


「やれやれ、生きてらしたんですか……ロンゴさん?」


 砂埃の中から出てきた長身の人影を見咎めて、ユーリは嘆息した。