A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #14 「Sex on the beach③」

「さてと、聞きたいことが山積みなんだ。嫌でも喋ってもらうからな」

 気を取り直して、エーカーは拘束した女に近づき——と言っても相手の靴底が届かない距離までだが——淡々と告げる。

「この私を尋問しようというのか。愚かにも程があるな、オッサン! 部隊時代での苦闘に比べればこの程度……」

 そう強気に言い放つアリーサの言葉を遮って、エーカーが無言でアリーサの後ろを指差す。
 何かと思い、アリーサが振り返ると、奥からドス黒い殺気を放つ怪物——もといイクスが、腕組みをしてそこに立っていた。

「喋らないならアイツに全部任せるけど、いいか?」

「…………は、話せる範囲のことなら話してやる。言っておくが! 決してビビったわけではない! 決して!」

「はいはい」

 明らかに動揺して無駄に大声でそう言うアリーサに対し、エーカーはもはやツッコむ気力も起きず二つ返事で了承した。


「で? 手前らはどのくらいの規模の集団なんだ?」

 初っ端から、エーカーは踏み込んだ質問をする。コイツが組織の中のどのくらいの地位にいる奴で、どんな情報を握っているか確かめる必要があるからだ。
 相手が二線級のテロリストではなく第一線で戦ってきた、実力と経験を併せ持った元憲兵達だと判明した以上、これからの護衛、及び戦闘を有利に進めるため、敵方について少しでも多くの情報が必要になってくる。

 だが、返ってきたのはエーカーの予想を大きく外れた答えだった。

「集団だと? 馬鹿か貴様は。私が二人にでも見えるのか?」

「は?」

「私が集団に見えるのか、と訊いているんだが?」

 アリーサの物言いにエーカー達は顔を見合わせる。
 それまで口を開かなかったイクスも、目の前に出された疑問には堪え難かったのか、すかさずアリーサに尋ねた。

「お前は一人で王女を暗殺しに来たのか?」

「だから、さっきからそう言ってるだろう。お前達の目はどういう作りをしているんだ全く」

 あまりの話の噛み合なさに、エーカーは思わず眉をひそめた。憲兵達が総掛かりで王女の命を狙いに来ているのだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。

「……昼にアンタと似た格好の奴らが襲いかかってきたぞ。デブとノッポの。アンタの仲間じゃねぇのかよ?」

 アルドロが口を開く。少し考えていたアリーサだったが、思い出したのか、たちまち子供のように目を輝かせ始めた。

「……ボンゴとロンゴか!? あいつらまだ生きてたのか! いやぁー懐かしいなぁ! 元気だったか?」

 ハイテンションでそう喜ぶ捕虜に辟易するエーカー達。そのボンゴとやらもロンゴとやらも、既に天に召されているというのに。
 部隊が解散して17年も経っている以上、目の前の女は30代は軽く超えている筈だが、もしかするとアルドロ以上の単純脳味噌の持ち主なのかもしれないという事実に、そのアルドロですら溜め息をつく始末だ。

 気を取り直してエーカーが確認する。

「……テメェの言葉から察するに、セントフィナスを追い出された憲兵団諸君は、各自バラバラに王女の命を狙ってたってワケだな?」

「ああ。憲兵団が解散して以降、少なくとも私は一度も憲兵団の同僚と会ったことは無い。お前達は部隊いた兵士のうち、どのくらいの奴らが王女の命を狙っているのか知りたがっているようだが、それを知る術は無い。ただ解散直後、王族に恨みを持っていた者はそれなりにいた筈だ」

「……お前もその一人だったワケだな。そして、今回の国王崩御の報せを受けたお前は、パリに留学中で手薄になっていたオリガの帰国際を狙った」

 国王が崩御し、その後継者筆頭であるオリガの身が外国にいるとなれば、長年恨みを抱えていた憲兵部隊の兵士達にとっては二度と来ない復讐のチャンスだ。
 思い出して再び恨みが再燃したのか、アリーサのテンションが上がる。

「王族は我らを裏切った! 我々が命をかけて守ってやったというのに、奴らはそれを仇で返したのだ! 憲兵部隊が解散してからは苦辛の日々だった……数十年来の報復、成し遂げなければ気が済まない!」

「結局、捕まってるけどな」

 大声で叫ぶアリーサに対し、遠慮の知らないアルドロは文字通り遠慮なく言い放った。
 どうもハイテンション捕虜を目の前にアルドロもうんざりしているらしく、これまでに見せた事が無い冷静さを見せている。

「黙れ小僧! 大体、お前とあの執事さえいなければなぁ……!」

 そこで突然言葉を切るアリーサ。

 不思議に思う男三人を他所に、アリーサはこれまでの言動が嘘のように狼狽した面持ちで、何かを思い出したかのように辺りを見回し始めた。

「……あの執事はどうした?」

「執事? ユーリのことか?」

 イクスが聞き返すが、アリーサはその言葉を全て聞く間もなく、怒りと恐れを兼ねた表情で叫び始める。

「奴はどこだ! 奴は……あの裏切り者がっ……!」


 瞬間、何の前触れもなく、部屋の電気が落ちた。


「停電……?」

 アルドロが呟く一方で、エーカーとイクスは既に臨戦態勢に入っていた。

 こんな都会で停電など滅多にある事ではない。となれば、別の憲兵の襲撃である可能性が大だ。

 だがそんな考えとは裏腹に、四人の耳に飛び込んで来たのは、天井の上で小刻みに何かが動く音だった。
 天井裏を何か"小さいものたち"が駆け回っている……そんな音だ。

 音の正体を知る間もなく、突然、天井に備え付けられた電灯が点滅を繰り返し、そして発火した。

「何だ!?」

 予想外の出来事に狼狽するアルドロと、警戒を強めるエーカーとイクス。


 しかし、どれだけ警戒しようと既に手遅れだった。

 一つだけではない。最上階すべての電灯がショートし始めたのだ。

「な、何なんだよこれ! なんかの魔法か!?」

「いや、法力を全く感じねぇ! 法術じゃねぇぞ!」

 アルドロの言葉にエーカーが返す。
 一方、発火して木材が焦げた臭いの中に、死体を焼いたような悪臭が混ざっていることに、イクスはただならぬ危機感を覚えた。

「クッ……伏せろ!」

 イクスが声を張り上げ、その場の四人が同時に姿勢を低くした直後、


 巨大な爆発音が 辺りを包んだ。


















「ところで、リクヤ君」

 セントフィナス王室。

 豪華絢爛な自室でテレビを鑑賞しながら、紅茶を飲み、バスローブ姿でダニイルは寛いでいる。
 彼はテレビに目を向けたまま、自分の背後に控えている男に対してそう呼びかけた。

「昼過ぎ頃、庭の方が何やら騒がしかったが、何かあったのかい?」

「……ちょっとしたトラブルだ。大したことではない」

 表情一つ変えずにリクヤはそう言ってのけた。本当はトラブルどころの騒ぎではないのだが。

 庭で遭遇した白髪の青年と青髪の少年は、皇居内の兵士宿舎の一室を借りてそこで待機させている。恐らく、上司に状況でも報告してる頃だろう。
 彼らは決して身分を明かそうとしなかったが、リクヤは彼らの正体を何となくだが理解しつつあった。

「……よく分からんが、気をつけてくれよ。あそこの庭はオリガのお気に入りだったんだ。だから――」

 唐突に口を閉ざしたダニイル。

 話の続きを待っていたリクヤの耳に飛び込んだのは、言葉ではなくカップが落ちて割れる音だった。
 
 ダニイルが持っていたティーカップは、庶民からすれば目玉が飛び出て戻って来なくなるぐらいの高級な代物だが、ダニイルの足下で粉々に砕け散り、最早原型を留めていない。中に入っていた紅茶も最高級品だが、今はもうダニイルの足下を濡らしているただの水同然となった。
 しかし、ダニイルはまるでカップを落とした事にさえ気付いていないといった様子だ。

「……何事だ」

 突然の出来事に、しかしリクヤは落ち着き払った様子で、ダニイルの隣に立ち、彼の顔を見た。

 彼の目は、テレビの画面に釘付けになっていた。不審に思ったリクヤも、同じようにテレビに目を向ける。

 そこには速報、と銘打たれた臨時ニュースが流れていて、女性リポーターが口早に何か喋っている。
 リポーターの背後のモニターに写されているのは、ヘリからの映像だろうか。古風な建物の屋上が赤々と燃えていた。

『……繰り返します。先ほど、フランスのボルドー都市部において爆破テロとみられる事件が起こりました。ただいま消防隊が消火活動にあたっており、死傷者の数は不明。また、被害に遭った者の中にはセントフィナス王国、オリガ・アレクセヴナ王女の姿がご確認されたという情報が入ってきております、繰り返します……』

「バカな……」

 ダニイルは顔を真っ青にして、思わずそう呟いた。