A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #11 「Red Eye②」

 セントフィナス王国の王族が踏み入ることを赦された領域、ロイヤルハウス。
 その中でも東の庭園は、アレクセイ国王の弟であるダニイルが最も気に入っている場所の一つであり、この庭の手入れが彼の日課の一つである。池の魚のエサやりから芝刈りまで、一人でこなすというのだから驚きだ。それだけ、この場所が好きだということなのだろう。

 しかし誠に遺憾ながら、現在その庭は戦場と化していた。

 片や精鋭揃いのナイツロードでもトップレベルの実力を持つ戦士、レイド・アーヴァント。

 片やその精鋭と同等の戦いを繰り広げる黒いコートの謎の男。

 ダニイルのお気に入りの庭が朱に染まるのも時間の問題だった。

 しばらく、様子を窺い合っている二人。
 彼らの間には、筆舌に尽くし難いピリピリとした緊張感が生まれている。傍で控えているエレクも、固唾を飲んでその状況を見守っていた。

「……妙だな」

 不意にその緊張を打ち破って、コートの男が銃を下ろしながら疑問を呟いた。

「今の一通りの動きで、お前が優れた兵士であることも、殺しに躊躇いのない奴であることも分かった。だが……お前からは明確な殺意が感じられない」

「まぁ、でしょうね、誰も殺す気はありませんから」

 レイドはそう言って展開していた武装を仕舞いながら、手を広げて敵意が無いことをアピールする。コートの男はその様子を見て、更にレイドを訝しんだ。

 敵が徒手になった今、奴の体に銃弾を撃ち込むのは容易い。だが、相手はまるでその武器が自分に害が無いとでも言いたげだ。もし仕留められないのなら、今の手持ちの武器では奴を殺しきれない可能性もある。

 それに、ずっと奴が戦闘前に発した言葉が気にかかっていた。王女の頼みでダニイルを調べに来ただけだと。

 もしその言葉が本当なら、利用できるなら利用するべきだ。

 その時、慌ただしい足音と共に、騒ぎを聞きつけたセントフィナスの兵士が駆けつけてきた。兵士達はレイドとエレクを取り囲むように並ぶと、一斉にスタンガンを向ける。

「両手を上げろ!」

「何者だ!」

 都合の悪い状況が続く展開に、レイドは思わず眉間にシワを寄せた。
 このまま騒ぎが大きくなれば、ダニイルを調べるどころか、王女の護衛にも支障をきたすかもしれない。ここは例え邸宅の警備が厳重になるとしても、一度引いて体勢を整えるべきだ。
 そう考えてレイドが行動を起こそうとすると、コートの男がそれを遮った。

「彼らは怪しい者ではない、私が本国から呼び寄せた増援だ。ここの警備状況を確認するために、わざと侵入者のフリをしてもらったのだ」

 予想もしなかった言葉に、レイドの方が目を丸くした。コートの男が言っていることは全くの出鱈目だ。
 だが男はそんな大嘘を表情筋一つ変えることなく言ってみせる。

「残念ながら、警備状況は全くのザルのようだな。もっと気を引き締めろ。分かったら各自持ち場に戻れ」

「は……りょ、了解」

 男の落ち着きつつも厳しい指摘に、顔を見合わせ、困惑する兵士達。そのままコートの男の指示に従い、去って行った。

「あなたは一体……」

 再び三人きりになってからレイドが呟くと、コートの男は懐から手帳を取り出し、レイド達に見せる。



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「MI6英国情報部中佐、リクヤだ。ダニイルの身辺警護を任された」

「MI6……英国からのエージェント」

 シークレット・サービスを起源とする、イギリスの情報機関。昨年、世界防衛機関WDOの国際的テロ組織との癒着を暴き、これを解決したことでも知られている。相当な実力とコネクションを持った集団。この界隈で知らない者はいないだろう。……隣で小首を傾げている青髪の少年は除いて、だが。

 まずい、とレイドは思った。
 相手がセントフィナス王族関係者で無い以上、セントフィナスの人間でないことは予想していた。これほど腕の立つ者なら、恐らく外部から派遣されたダニイルのボディーガードだろうと。その線は当たっていた。
 だが、てっきりナイツロードのような民間軍事企業から派遣されてきた私兵だと思い込んでいた。まさか政府管轄組織のパブリックサーバントだとは。
 非合法組織として時に暗殺や戦争にも加担する傭兵と、英国女王や政府の命を受けて動く公職の人間。反りが合うハズがない。

「お前達の名は? 所属は何だ?」

「俺はエレ——」

 馬鹿正直に名乗ろうとしたエレクの口を、レイドが塞ぐ。
 ここで自分たちがナイツロードの人間であることがバレようものなら、即座に捕まるか射殺か、ロクなことにはならない。ナイツロードがいくら大手企業とはいえ、公職の人間から見れば金次第で何でもする無法者であることに代わりはないのだ。
 リクヤ、と名乗った男は見定めるようにレイドとエレクを交互に見つめる。瞳の色は紅色だというのに、その視線は氷のように冷たい。

「……名乗りたくないというわけか。まあいい。決してお前達を信用したわけではないが、我々が倒すべき敵というわけでもなさそうだ」

「……どういうことです?」

 レイドが疑問を口にすると、リクヤは戦闘中にレイドに蹴飛ばされた銃を拾いつつ受け答えする。

「お前達、ダニイルのことを調べているといったな? 他ならぬ、王女の申し出で」

「ええ。国王が亡くなられた直後にその娘が襲われたとあっては、後継者争いの件を疑う他ないでしょう」

「同意見だ」

 レイドの主張を肯定しつつ、リクヤはフッと――爽やかさの欠片もない、狂気的と言った方が正しいような――笑みを浮かべた。ここに来て初めての相手の表情の変化に、レイドはさらに困惑を隠しきれない。

「実は、私たちも数日前から極秘で奴の身辺を調べている。ボディーガードはその隠れ蓑にすぎない」

 衝撃の事実に、レイドは驚いてリクヤを見つめた。
 成る程、MI6自体は政府管轄の合法組織で、その行為は基本的に法に赦された範囲でしかない。警官に管轄があって、その管轄外での活動が制限されているのと同じだ。
 だが、それはあくまで表の顔。時に越権した任務も厭わずにするというわけだ。しかし、何故そのことを自分達に明かすのだろうか。レイドは疑いの念を持ちながらリクヤに尋ねる。

「……やはりダニイルには後ろめたいことが?」

「まぁな。国王は後継者にダニイルではなくオリガを指名していたそうだ。それで彼が憤りを持っていたとしてもおかしくは無い。今のところ、その兆候は見られないがな」

 リクヤはそう言ってコートの裏から煙草の箱を取り出す。

「目的が同じなら、味方は多い方がいい。どうだ? 私に協力してくれるなら、任務が完了するまでお前達を部下だということにしておいてやるが」

 部下、か。
 レイド達にとっては甘く見られたものだが、最早選択の余地は無かった。ここで同盟を拒否すれば、リクヤや兵士は再びレイド達に襲いかかるだろう。もし、リクヤを倒せたとしても、今度はMI6やセントフィナス政府に目をつけられることになる。任務の遂行自体が危うくなるのは確実だ。
 それに戦闘はできるだけ避けたいというのが、レイド個人の意見だった。

「……いいでしょう」

 リクヤの提案を承諾するレイド。

 今ここに、仮初めではあるが、ナイツロードとMI6の共同戦線が張られたのであった。