A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #10 「Red Eye①」

 北大西洋バミューダ諸島プエルトリコのちょうど中間地点、バミューダトライアングルのちょうど入り口に、人口92000人の小さな島国が浮かんでいる。

 それがセントフィナス王国だ。

 かつては軍事拠点として利用されていたが、英国の手に渡った後、17年前に独立して一国家となる。独立後は衣食住において独自の文化を発展させていき、特に国民の93%が信仰しているセントフィナス教は博愛主義の、セントフィナス以外にはない宗教だ。 

 安定した気候を持ち自然が多く、ここでしか自生しない植物も多い。また、水はけの良い土地を多く持つセントフィナス王国は、特に葡萄栽培に優れ、ワインの名産地としても有名だ。

 その中でも特に最高級の"ラ・フィーノ・ファイロ"は、英国王室が直接取り寄せるほどの高級品であり…………







「……なぁ、俺たち観光に来たワケじゃないんだろ? ていうか、俺まだワイン飲めないんだけど」

 セントフィナス王国についての説明を黙って聞いていた青髪の少年だったが、ついに痺れを切らしたのか、隣に座って説明していた白髪の青年に対して反論する。確かにセントフィナスについての情報が欲しかったのは事実だが、観光のできない状況でそんな情報を並べられるとさすがに腹が立ってしまう。

 対する白髪の青年はセントフィナスの情報を映し出していた携帯端末をoffにしながら言い返した。

「いいじゃないか、どんな些細な情報も無下にはできないよ、そうだろエレク」

「その割には内容が偏ってないかなぁ」

 青髪の少年——エレク・ペアルトスは、疑いの眼で白髪の青年ーーレイド・アーヴァントを見た。
 このレイドという男、見た目や物腰から周囲の仲間には完璧超人だと礼讃されているが、実は皮肉屋なことはあまり知られていない。特に同じ部隊の仲間であるエレクにはちょっとしたからかいをすることもある。それだけ親密な仲であるわけなのだが、どうにも振り回され気味だ。

「ん、そろそろ到着するみたいだ」

 そう言ってレイドは窓の外を指差した。

 透き通るような青い海に浮かぶ、緑の島。その沿岸部の一区画が、白い建物で覆われており、一際目立っている。あれが首都のセントフィナス市だ。スペインのアンダルシアを彷彿とさせる白一色で統一された町並みは、セントフィナス教の教えに基づかれて建てられたものでもある。

 エーカー達がホテルでオリガと面会している頃、エレクとレイドはセントフィナス王国に向かっていた。





 首都セントフィナスの西端に位置するセントフィナス空港は、国にただ一つの空港であるにも関わらず、大きさは地方の空港と大差無い。それほど行き来する人は少ないのか、飛行機は一日三便。出入り口の絶妙にダサい土産屋がさらに地方感を助長していた。

 レイドとエレクが空港を後にすると、そびえ立った白壁の家々が彼らを出迎えた。丘の緩やかな斜面に隙間なくひしめき合うそれは、まるで中世の砦のようだ。

 王族が住まう目的地のロイヤルハウスは島のほぼ中央に位置していて、これらの白壁を越えた先にある。

「へぇー、思ってたより面白そうな所じゃねぇか」

 CAのお姉さんにもらった観光パンフレットをめくって嬉々としているエレクに、レイドは呆れ顔になった。

「観光に来た訳じゃ無いって、自分で言ってただろう? まさか、任務内容を忘れた訳じゃあないよね?」

「あったりめぇだろ! 任務は……えーと」

 どもるエレクに、レイドは更に不安を表情に押し出した。
 急だったとはいえ、大事な仕事なのだからそのくらい把握しておいて欲しいのだが。

「……任務はアレクセイ国王の弟、ダニイル・ヴァシリヴィチ・パヴロフ他、王族関係者に不審な動きが無いか調査することだよ」

 そう言ってレイドは表情を険しく、目つきを鋭くさせる。いつもの彼らしからぬ表情に、エレクはレイドとはまた違ったベクトルの不安を顔に出した。

「エーカー団員が今オリガ王女の案件を担当しているけど……犯人が王国内部にいるかもしれないとの情報だ。杞憂で済んでくれればいいんだけど……」

 確かに、敵が王家内部にいることは無くはない。だがそれよりも注意すべきなのはエーカーの動きだ。
 デリブ団員を貶めたのは間違いなく彼だとして、彼の目的は一体何だ? この件には何か関わりがあるのか? 最も彼に疑いを持っているであろう自分が、目の届かない場所に派遣されたのは本当に偶然なのだろうか?
 もしかしたら彼が黒幕という線も――

「……おい、大丈夫か?」

 エレクの呼びかけに、レイドはハッと我に返った。エレクが心配そうな顔でレイドを見つめている。

「何か考え事してたみたいだけど」

「ああ、何でもないよ、行こうか」

 今、ここで悩んでいても仕方がないな、とレイドは思った。とりあえずは、ここでの調査を徹底的に行うことだ。もしかしたら、この一連の件について何か手がかりが掴めるかもしれない。

「ところでレイド、王族関係者を調べるって言ってたけど、どうやって王室に入るつもりだよ?」

 エレクの質問に、レイドはいつものにこやかな表情に戻って言った。

「もちろん、潜入だよ」









 首都セントフィナス市の中央に位置する王族の邸宅……ロイヤルハウス。広さは150万平方メートルを優に超える。日本人に分かりやすく説明するなら、東京ドーム約32個分だ。

 王族のみが入ることを許されたその領域に、レイド達は堂々と踏み込んでいた。警備はそれほど固くなく——むしろお粗末と言っていいかもしれない——レイド達は簡単に中に侵入することができた。周りが樹木や低木に囲まれた森林地帯だったことも幸いしたと言える。

 警備兵や監視カメラの目を搔い潜りながら奥に進んでいくと、庭のように整備されて拓けた場所に出た。池や花壇、高そうな椅子と机が置いてある、いかにも金持ちの庭園といった所だ。

 その庭で、一人の男性が人工池の淵に立って、池の魚にエサをやっていた。レイド達はその男の様子を、茂みの影に身を潜めつつ窺う。

「……間違いない、彼がダニイル・ヴァシリヴィチ・パヴロフだ」

 事前に王族関係者リストを網羅し、把握していたレイドは、彼の顔を見て即座に判別した。

 見た目は20代にも見えるが、実際は45歳。独身。金色の髪を逆立たせて、耳にピアスをつけたその男は、どうにも由緒ある王族の血筋とは思えない。むしろチンピラの一人と言った方が近いかもしれない、そんな男だ。

「いかにも生意気そうなカッコしてんな」

「それ、君が言えたことかい?」

 エレクの発言にレイドが鋭いツッコミを入れていると、ダニイルの後ろから一人の男が近づいてきた。

「……誰だ?王族関係者のリストに載ってない顔だ」

 不可解な状況にレイドは思わず呟く。長身で黒いコートを羽織った白髪紅眼の男。彼の鋭い目つきに、レイドは嫌な予感がした。

 コートの男は、何やらダニエルと会話をしている。一体何を話しているのか、遠くからではうまく聞き取れない。

 一言二言会話を交わしたダニイルは何やら不機嫌な表情で屋敷に戻っていった。

「まずいな、ここで彼を見失うのは――」

 レイド達がダニイルを追うために動こうとすると、

「そこで何をしている?」

 コートの男がこちらに向けて声高らかに言い放った。

 ぎょっとしてレイド達は顔を見合わせる。男との距離は100m前後。だが、こちらの姿は完全に小藪の影に隠れて見えないハズだ。男がサーモグラフィのような装備をしている気配もない。

「……? まさか」

 不安げにエレクが声を漏らす。

 瞬間、エレクの顔のすぐ横にあった木の枝が、轟音と共に弾け飛んだ。

 見ると、いつの間にかコートの男が銃をこちらに向けている。威嚇射撃だ。しかも、こちらの位置を完全に把握している。

 暫し茫然としていたエレクだったが、何が起きたのか把握したのか、徐々にその顔を青ざめさせる。コートの男は銃を下ろすこともなく、レイド達に命令した。

「両手を挙げて、こっちにゆっくり近づいてこい」

 その声を聞いたレイドは、しばらく推し測るように目の前の謎の人物を見ていたが、おもむろに立ち上がる。

「! レイド……」

「……とりあえず、今は言われた通りにしておこう」

 不安を拭えないエレクだったが、他にどうしようもない。レイドに合わせて立ち上がる。

 藪をかき分け、姿を見せるレイドとエレク。一見何の害も無さそうな少年と青年の組み合わせに、しかし男は動じる様子は無い。

「……何者だ。所属を言え」

 銃口を二人に向けたまま、コートの男は静かにのたまう。対したレイドも両手を上げたまま、相手の腹を探る。

「君こそ何者だい? ここの王族関係者じゃあないみたいだけど。外部の人間かい?」

「質問しているのはこちらだ」

 鋭い目つきで二人を睨むコートの男。どうにも冗談が通じそうには見えない。
 レイドはしばらく打開策を練っていたが、あまりいい手立ても見つからない。ここは、当たり障りのない範囲で、真実を伝えるべきだろう。

「……オリガ王女の頼みでダニイルを調べに来た者だ。別に、何か悪さをしに来たわけではないですよ」

 レイドの言葉を聞いたコートの男は、表情を変えずにレイド達にゆっくり近寄る。

 そして突然エレクの襟を掴んだかと思うと、拳銃をエレクの後頭部に押し当て、引き金に指をかけた。

「分かりやすい嘘は止せ。仲間の頭が吹き飛ぶのを見たくはないだろう?」

 ……そうなっちゃいますか。

 どうやらレイドの言葉は、彼には詭弁だと受け取られたようだ。確かに、信じろと言う方が無理な話かもしれない。
 さすがのエレクもこれにはお手上げのようで、白目を剥いて歯をカチカチ鳴らしている。そんな仲間の惨状に、レイドはわざとらしく大きな溜息をついた。

「……仕方ありませんね」

 レイドが手を下ろした瞬間、両腕に装備してあった腕輪から短刀が展開され、レイドの両手に装備される。

 レイドはその片方をコートの男に向かって投擲した。男は瞬時に反応し、それを上半身を曲げて躱す。

 そのスキに接近したレイドは、エレクとコートの男の間に身を挟むように移動しつつ、短刀を振るって男を牽制した。

 堪らず男は後ろに下がる。だがレイドがホッとしたのも束の間、男の放った銃弾がレイドの短刀を弾きとばした。

 一瞬の攻防で、相手が只の兵士ではないことを理解したレイドは、今度は槍を展開して振るい、牽制する。もちろん命を奪うつもりはない。しばらく大人しくしてもらいたいのだが、どうやら手を抜きすぎてもいけない相手のようだ。

 そんなレイドの考えなどいざ知らず、レイドの攻撃を尽く躱したコートの男は、容赦なくレイドの頭めがけて銃弾を放つ。対するレイドは槍を引いて左手に盾を展開し、頭部を守った。どう見ても魔法や能力の乗っていない銃弾だが、数発受けただけで、盾にヒビが入った。

 歯噛みしながら、レイドは槍を男に向けて投擲する。同時に脚部にスラスターを展開し、投擲した槍のすぐ後ろを追った。

「!」

 すんでの所で体勢を低くし、槍の一撃を搔い潜った男だったが、猛スピードで近づいてきたレイドの蹴りには反応が間に合わず、銃を蹴り落とされる。

 しかしコートの男は特に焦りを見せずに、レイドの放った追撃の連続蹴りを全て躱しつつ、コートの内側に手を伸ばす。

 咄嗟にスラスターを逆噴射しながら身を逸らすレイド。コートの内側に隠し持っていたもう一丁の銃から弾が放たれ、レイドの眼前を通り過ぎていった。

「どうやらお互い、ただの人間じゃないようですね」

 体勢を立て直しつつ着地し、口元に不敵な笑みを浮かべながらレイドは目の前の男を見つめる。

 対するコートの男は、レイドとは対照的に表情を一変させることもなく、鋭い眼差しでレイドを見つめ返していた。

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