A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #9 「42nd street③」

 列車の天井に着地したボンゴは、王女のいる車両に向けて駆け出した。

 とはいっても、走行する車両の上だ。それほどスピードは出せない。それでも図体の大きいボンゴが走ったり車両間を飛び移ることができるのは、法力を使って体勢を安定させているからだった。
 彼の扱う法力量は、並の兵士どころか他の法術遣いよりも群を抜いている。ボンゴはその法力のほとんどを、自身の防御と移動の補助に遣っていた。エーカーとの戦いで見せた炎の攻撃は所詮、その『余り』に過ぎない。
 現役の傭兵を相手取る、優秀な法術遣い。その力を天才ともてはやされ、よく仲間や上官に褒められたものだ。


 以前は国の為に遣っていたその力を、今はただ復讐のために行使している。


 先頭車両を襲撃した別働隊からの連絡はない。恐らくやられたのだろう。つまりナイツロードの傭兵達は先頭と最後尾の車両を守っていたことになる。となると、王女の居場所は列車の中央に違いない。

 そうして前へ進むボンゴだったが、王女のいる車両に飛び移ろうとした時、列車の硬い屋根とは全く別の、何やら柔らかい感触を足に感じ、歩みを止めた。

 ボンゴが不思議に思って足元を見ると、そこには自分と同じ軍服の兵士が、頭から血を流して倒れていた。

 驚いたボンゴは慌てて周囲を見回す。
 地下の暗黒に満ちた視界なので気がつかなかったが、注意深く見てみると、自分の仲間達――恐らく先にこの屋根に登った者達――の死体がそこかしこに転がっている。

 しかも、どれも頭を銃弾で穿たれたものだ。

「……」

 危険を察知したボンゴは、それまで移動の補助に遣っていた全ての法力を自分の目の前に押し固める。辺りの空間が湾曲する程の凄まじい法力の奔流と共に、ボンゴの巨体を覆い尽くす薄紫色の結界ができあがった。
 直後、先頭車両から撃鉄が落ちる音がしたかと思うと、ライフル弾がボンゴの作った結界に衝突してきた。


 伏兵、しかもスナイパーだ。


 スナイパーの放った銃弾は結界にぶつかった後も回転を続け、結界に穴を開けようとする。ボンゴは結界をさらに押し固めて面積を小さくし、法力の密度と結界の強度を上げることによって対抗した。

 ところが銃弾は勢いを止めるどころか、ボンゴが全精力で作った結界を削ってゆっくり近づいてくる。

「な……!?」

 激しい攻防の中、ボンゴは敵の放った銃弾の先端が恐ろしいことになっているのに気付いた。銃弾の先端は、まるで太陽がすぐ傍にあるのかと錯覚するくらいの、鋭い光と熱を放っている。自分の結界を遥かに上回る法力量が、僅か数ミリの銃弾の先端に凝縮されているのだ。
 それに法力量だけではない。膨大な法力をコントロールし、銃弾自身を法力で焼かないようにしながら、銃弾を真っ直ぐ飛ばす技術力。
 法力遣いとしてのあらゆる能力が、天才と呼ばれた自分を遥かに上回り、神業の域に到達していると言っても過言ではない。

 結界が割れ、銃弾が自分の頭蓋に到達するまでの刹那、ボンゴは逃げることも悲鳴をあげることもせず、ただ、法力によって眩い光を放ちながら近づいてくる銃弾を見つめていた。

 ……これが敵の、自分のような古兵を圧倒的に上回る実力を持った、ナイツロードの精鋭の実力。

 その時ボンゴの心を支配していたのは、悔しさや怒りではなく、ある種の満足感だった。
 これまで戦ってきた敵は、法術をマスターした自分にとって手応えのない存在ばかりだった。国に見捨てられ戦場を失ってから、復讐を目的にひたすら王女を殺すことを考えていた。だが、もしかしたら心のどこかで、彼らのような強者と戦うことを夢見ていたのかもしれない。

 そこでボンゴの思考は停止した。銃弾はボンゴの額を貫通し、直後に自身の法力で自壊する。

 バランスを崩したボンゴは、先頭車両に佇む人影を目に焼き付けながら、傀儡師を失った人形のように線路脇に転落していった。







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 先頭車両からレミントンのスコープ越しにその様子を眺めていたレジーは、全滅した敵の死体を前に、どうにも煮えきらない面持ちだった。

 と言うのも、敵の動きや連携がまるで訓練を受けた軍隊のようだったからだ。その証拠に、レジーはスナイパーの命とも言える第一撃を撃ち損じていた。敵の一人がまるで攻撃を予期していたかのように、頭を下げたのだ。

 そして最後の敵。これまでの兵士とは明らかに違う雰囲気を持っていた彼に対して、レジーは初めて法術を使用した。結果それは正しかった。もし法力を込めないで撃っていたら、相手の法力で弾を返され、やられていたかもしれない。

『ヤツはどうした?』

 ヘッドセットから、エーカーの声が聞こえてきた。

「悪ぃな、狙いどころが頭しかなかったし、勘良くコッチに感づいたみたいでよ、始末するしかなかった」

『……敵はもう残ってないのか?』

「ああ。一人残して色々聞き出すつもりだったんだが、残した一人も自分で頭撃って死にやがった」

「……そうか」

 何とか襲撃を免れたエーカー達だったが、未だ相手の正体は確かになってはいなかった。だが少なくとも、ただのテロリストではないことをエーカーは確信していた。確実に何らかの部隊で戦闘訓練を受け、経験を積んだ者達。
 そして、王族に尋常ではない恨みを持った者達だ。

『先頭車両に全員集めろ、色々確認しておきたいことがある』











「では、状況を整理しようか」

 先頭車両に集まったエーカー一行。ナイツロードの面々の他、避難していたオリガとユーリ、セントフィナスの兵士達も集まっている。
 敵の死体は片付けられていたが、血が床にこびりついており、そういうものに耐性のないオリガは気分の悪そうな表情をしている。20にも満たない少女だ、当たり前のこと……むしろそれでもその場に留まり続けられることが、オリガの芯の強さを物語っていた。

 セントフィナスの兵士のうち、ボンゴに肩を撃たれた一人は、デルタに応急処置をされて座席に横たわっている。命に別状はないようだが、この先戦うことは無理だろう。

 エーカーは法力を受けた右手に包帯を巻きつつ、周りのオーディエンス達に向かって話し始める。

「一先ず敵は巻いたようだ。列車にもトラブルは殆どない。このままボルドーに向かって近くの施設で一泊する。次の護衛ルートはその時に……」

「……いいのかエーカー? 『そのルートがバレていた』んだぞ」

 イクスの鋭い指摘に、その場にいた全員が緊張に身を固める。
 ホテル内でエーカーが護衛ルートについて話した時、「自分と団長しか知らない」と言った。それが真実ならば、この護衛ルートはホテル内のどこかで漏れていたことになる。だがそれよりも危惧されるのは全く別の場合。

 つまりエーカーと団長のどちらかが裏切り、護衛ルートを漏らしていた場合だ。

「やっぱり傭兵なんて信用できません、安全と言われていたこのルートだって漏洩していた!」

 耐えきれなくなったのか、セントフィナス兵士の1人が感情に任せ本音を吐露する。それを皮切りに、別の兵士も疑惑を隠さず言い放つ。

「傭兵は忠義より金で動く連中です、敵がナイツロードの上層部に掛け合って情報を手に入れた可能性もある!」

「なんだぁ? 口から出任せもいい加減にしろよテメェら」

 セントフィナス兵の言葉にレジーが突っかかった。

「嬢ちゃんの護衛を俺達に頼んだのは、テメェらの責任だろうが。それを棚に上げて俺達を悪者扱いしやがって。大体、ホテル内で情報が漏れたのなら敵のスパイがこの中にいるかもしれないって話だろ? テメェらの方こそ、敵と通じているヤツがいるんじゃないのか」

「何だと!?」

 怒りに任せ、立ち上がるセントフィナスの兵士達。今にも臨界点を越えそうな一触即発の状態に、


「やめなさい!!」


 少女の怒号が響き渡った。

 兵士はギョッとして声のした方を見やる。声の主であるオリガは椅子から立ち上がり、握った拳を震えさせながら目の前の男達を見据えていた。

「確かにこの状況では、相手を信用することは難しいかもしれません。ですが、貴方は相手を信用しようとする努力もなしに、『傭兵だから』という具体性の欠片もない理由で疑いをかけている。 恥を知りなさい!」

 オリガの鋭い指摘に、セントフィナスの兵士達はすっかり萎縮してしまっていた。これまでに見せたことのないような表情で自国の兵士を叱咤する少女の姿に、エーカーは心の奥底で感心する。

 なるほど、ただの気の弱そうな嬢ちゃんってワケじゃないみたいだな。

「……お嬢様、私もその考えには賛成です。ですが、ナイツロードの方々に疑いがあるのもまた事実。信用に足る証拠はおありで?」

 オリガの剣幕に驚きつつも、執事として自らの考えを述べるユーリ。オリガは無言のまま歩き出すと、エーカーの傍に立った。

「これです」

 そう言ってオリガはエーカーの右手を握り、掲げる。ボンゴの攻撃で軽い火傷を負い、包帯が巻かれた右手だ。

「彼らが私達を守ってくれた証拠です。彼らがいなければ私は死んでいた」

 文句を言っていた兵士は、完全に押し黙ってしまった。確かに、自分達の力だけでこの危機的状況は乗り越えることができなかったのは事実だ。
 オリガはエーカーの碧眼を見据えて言った。

「エーカーさん、本当に申し訳ございません。我々の国に帰るまで、我々は貴方がたを信用します。ですから、貴方がたも我々を信用して下さいませんでしょうか」

 オリガの穏やかながらも純潔さを秘めた眼力に、エーカーはその身を北極海に投げ込まれたかのような衝撃を受けた。

 この感覚……

「……あぁ、分かった。それにしても嬢ちゃん、あんた……」

 ふと、エーカーはそこで言葉を止め、オリガの手に顔を近づける。

「あ、すごい良い匂い」

「台無しだよ!!!」

 レジーの鋭い右ストレートがエーカーの顔面の真ん中を捉えた。列車から飛び出さんばかりの勢いで吹っ飛ぶエーカー。明らかに火傷した右手よりダメージが大きい。

「せっかくイイカンジに纏まりかけてたってのに、いきなり何言い出してんだコイツ!」

「しょうがないでしょ、ホントのことだし」

「この変態ジジイ!」

 わめくレジーをよそに、アルドロは隣で苦笑いしていたデルタに訊く。

「……なぁデルタ? よく分かんなかったんけど、今のツッコむとこだったのか?」

「えっ!? ……ああ、レジーさんがツッコんだし、もういいんじゃないかな……」

「うーん、そうかぁ」

 首をかしげて指をパキパキ鳴らすアルドロを見て、デルタはこの任務が終わるまでエーカーの体力が持つか、心配になるのだった。










「ところで、敵はどうやら王族に並ならない恨みをもっていたようだが……」

 キリッと表情を変え、レジーに殴られた鼻を押さえながら、エーカーはオリガを一瞥する。

「心当たりは?」

 しばらく考えるように俯いていたオリガだったが、首を振る。

「いえ、思い当たるようなことは特に……」

「そういえば、敵はみんな揃って白い軍服を着てましたね。初めて見る軍服なので、どこの所属か分かりませんが」

「そうそう、まるで特殊部隊の精鋭みたいな動きしてたぜ。服装といい、絶対ありゃどっかの軍隊にいた奴らだ」

 デルタの言葉に、レジーも同意する。すると、それを聞いたオリガの表情が驚愕に満ちていくのが分かった。

「どうした?」

「……その軍服を見せてもらえませんか?」

「……」

 顔を見合わせるナイツロードの団員達。

 しばらくして、レジーが死体を集めてある最後尾の車両から、一人の兵士の軍服を剥ぎ取ってきた。

「これなんだけど」

 服は血でところどころ赤く染まっているが、オリガその服を見て青ざめたのは、血のせいで無いことは一目瞭然だった。

「ユーリ、これ……」

「……ええ」

 傍で控えていたユーリも何かを理解したのか、深刻そうな表情をしている。
 疑問符を禁じ得ないナイツロードの団員達を前に、オリガがゆっくりと口を開いた。

「セントフィナス王国は、建国当初から17年前に軍縮で軍を解体するまで、SASに匹敵する実力の兵士を憲兵として従えていたことがあります。建国したての頃は国内も荒れていましたし、彼らの力が必要でした」

 オリガは言葉の端に動揺を見せながらも、口を動かす。

「……その軍服は、当時のセントフィナス兵士のものです」

「何だと!?」

 レジーが目を丸くする。一方でエーカーは顎髭をさすりながら納得したような表情を浮かべた。

「なるほど、話が見えてきたな。つまり敵は、軍縮によって自国を追い出された兵士か」

 裏切り、復讐——彼らは元々国の為に忠を尽くした軍人だった。それが平和を求める世論に合わせる為に、力のある兵士を国に居させられなくなった訳だ。それまで忠を尽くしてきた国を追放されることが、彼らにとっての裏切りには違いなかった。
 だが何故、17年経ったこのタイミングで?

 エーカーが疑問に思っていると、ユーリがオリガに向けて小声で口走る。

「オリガ様、やはりこれはダニイル様の……」

「ユーリ!」

 ユーリの言葉に反応したオリガが、彼をたしなめる。彼の口にした人名に、エーカーは聞き覚えがあった。

「ダニイル……って言えば確か」

 さらに深刻な顔をしているオリガに代わって、ユーリが説明を始める。

「ええ、アレクセイ国王が亡くなられた後、後継者としての権利を持つものはオリガ様だけではございません。アレクセイ国王の弟、ダニイル・ヴァシリヴィチ・パヴロフ様もその1人なのですが……」

 そこで言葉を切ったユーリは、傍目に見てもあまり気分の良くなさそうな表情をした。

「ダニイル様にはあまりよろしくない噂が流れております。元々品格を弁えない方として度々問題を起こしてきましたが、彼は次期国王の座を狙っていると……」

「……つまりオリガを狙ってるのは、そのダニイルってヤツかもしれないってことか?」

 途中の話を全く理解して無かったアルドロだが、そこは理解したらしく、すかさず尋ねた。

「あくまで推測ですが。彼がセントフィナスの元兵士を焚きつけてオリガ様を襲わせた可能性は否めません」

 事態の深刻さに、列車の中にいた者達は揃って渋い顔をした。オリガをセントフィナスに連れ帰っても、命を狙う者を倒さない限りこの任務は終わらない。

「前にも言ったが、セントフィナスの方は別のチームが調査中だ。まぁそいつが注意すべき人物かどうかはその内分かるだろう」

 エーカーはそう言って天井を仰いだ。

「あの色男がうまくやってればの話だがな」