A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #8 「42nd street②」

 エーカーとアルドロの関係を表すのに、『犬猿の仲』よりも適した言葉はないだろう。

 同じ職場の傭兵なら必ずしも仲が良いという訳ではない。特にエーカーはその性格から周囲に訝しまれることは多いが、それにしてもこの2人の犬猿っぷりは度を越している。

 要するに仲が悪いのであるが、利害が一致すればその限りではない。水と油の関係を保ちつつ、問題を解決することに集中する。

 例えば今の状況ーー共通の敵が現れた時、だ。
 
 列車に侵入したデブとノッポの二人に相対して、エーカーとアルドロは肩を並べ、注意深く敵を観察する。
 猪突猛進という四文字をそのまま生き物にしたような性格のアルドロも、一応『護衛』の意味は理解しているらしく、エーカーに諭されるまでもなく敵の出方を窺うことに専念していた。

 対する二人の白い軍服の侵入者達は、着地したときの姿勢を崩さず下を向いていたが、やにわに顔を上げたかと思うと、
 
「Yo! Yo!」

「Hey! Hey!」

 ——突然踊り出した。

「まずは挨拶、王女を抹殺、目指すは復讐、オレたちの逆襲」 

「オレらの願望、国民絶望、王族滅亡、それまで辛抱」

「……なんだコイツら」

 ラップを始めたデブとノッポに、これまでの緊張感を台無しにされたアルドロは呆れ顔で呟く。

「イヨーッ! ボク達、ボンゴロンゴ兄弟! ボクはボンゴ!」

 ボンゴと名乗ったデブは、体型に見合わない軽快なステップを踏み、こちらを指差す。

「オレの名はロンゴ! 4649!」

 ロンゴと名乗ったノッポは、曲芸師のようにナイフを回しながら、ボンゴのリズムに合わせている。

 小刻みのタップダンスから二人がポーズを決め、フィニッシュ。すると拍手の代わりに、ズドン、という痛快な発砲音と共にロンゴの顔面が弾け飛んだ。

「え?」

 決めポーズの状態から力なく倒れ、C4の爆発でできた穴から線路に落ちるロンゴを、ボンゴは信じられないという面持ちで見つめる。

 弾丸を見舞った張本人であるエーカーは、西部のガンマンのように手元のワルサーをクルクル回すと、銃口を口元に近づけてフッと息を吐いた。

「まずは一人」

 ボンゴはロンゴの落ちていった地下の闇に目を向け、絶叫した。

「あ、兄貴いいいいいいいい!! テメェ決めポーズ最中に攻撃するなんて卑怯だぞ!」

「うるっせーんだよクソデブが! 突然現れたと思えば見たくもねぇ踊り見せやがって! 見物料の代わりにその汚いデベソに全弾ブチ込むぞ!」

 兄の死を涙を流して訴えるボンゴに対し、エーカーは誹謗交じりの脅しで応えた。

「絶対に許さん下衆野郎共!」

 悲愴の表情から一変、怒りに身を震わせながらエーカー達を睨みつけるボンゴ。
 まるでコントのようなやり取りを呆れ半分で見ていたアルドロだったが、ボンゴの剣幕に尋常ではない殺気を感じ、すぐに構えをとる。相手が並の戦士でないことを、アルドロは勘ではあるものの、理解していた。

 ボンゴが銃のグリップに手をかけようとした時、車両の前方から勢いよくワイヤーが飛び出して、ボンゴの左腕に絡み付く。

「な!?」

狼狽するボンゴ。エーカー達が振り返ると、前方車両からセントフィナスの兵士二人が姿を現した。どうやら騒ぎを聞いて増援に来たらしい。

「下がって下さい!」

 兵士の呼びかけに身をかがめるエーカー達。もう片方の兵士が銃を構え、トリガーを引くと、ワイアーが射出される。

 ワイヤーはボンゴの右腕を捉えた。すかさず兵士達はもう一つのトリガーを引き、ワイヤーに高圧電流を流した。

 人間を気絶させるには十分すぎる、50万ボルトの電圧。凄まじい光と音が狭い車両内に響き渡る。

 しかしボンゴに効いている様子は無い。痺れて膝をつくどころか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべている。

「な……何故効かない!?」

 うろたえている兵士をエーカーが叱責する。

「手前ら目ん穴にミートボールでも詰めてんのかァ!? よく見ろ! ありゃあ耐電圧装備だ!」

 ボンゴの白い軍服の下から覗く黒いスーツは、どうやら電流を阻害するらしく、それがボンゴの身体中を覆っているようだ。

 ボンゴは力ずくで腕に巻き付いていたワイヤーを切断すると、肩にかけてあった短機関銃——P90を手に持ち、お返しと言わんばかりに片手で掃射する。

 セントフィナス兵士達は慌てて前方車両に退却しようとするが、二人の兵士のうち片方が肩を撃たれ倒れた。

 銃弾の雨に、堪らず座席の影に隠れるエーカーとアルドロ。

「隠れてもムダよっ!」

 そう言ってボンゴは膝を曲げ、エーカー達めがけて跳躍する。ゴム毬のように跳ねるボンゴ。その図体から想像もできない俊敏さに、エーカーは面食らった。

 エーカーの目の前に着地したボンゴは、反応の遅れた哀れな敵に対して容赦なく銃口を向け、引き金に指をかける。

 もう少しでP90から放たれた銃弾がエーカーの身体をズタズタにする……という所で、突然ボンゴの眼前の床から足が生え、ボンゴの顔面を蹴り飛ばした。
 
「なぁ!?」 

 堪らず後方に転がるボンゴ。爆破で出来た穴に落ちるギリギリのところで踏みとどまる。

 ボンゴを蹴り飛ばした足はすぐに床に引っ込むと、今度はエーカーの『影』からその全身を現した。

 アルドロ・バイムラート……有する能力は『影移動』。影の中に潜り、移動し、別の影から姿を現す能力。

「……不意打ちは嫌いなんじゃ無かったのか?」

 姿を見せたアルドロに対し、エーカーは意地悪そうな表情で訊く。
 エーカーの問いに対し、アルドロは肩を竦めて返した。

「いや、テメェをケリ飛ばそうとしたら、出るところ間違えた」
 
「……」

 ドがつくほど嘘がヘタクソなアルドロがそう言っている以上、本当に間違えたのだろう。アルドロなりにエーカーを助けようとしたらしいのだが、いかんせん、雑なやり方にエーカーは嘆息した。

「貴様らぁ!」

 一方、体勢を整えつつエーカー達を睨みつけたボンゴは、なにやら小声でブツブツと呟き始める。

「なんだ……?」

 敵の行動の意図が理解できず、様子を見ているアルドロに対し、エーカーは、元々病人のように青白い顔をさらに青ざめさせた。

「法術か!」

 法術——大気中の微量成分をエネルギーに変換し、使用者の体内に蓄積させ、解き放つシステムの総称。俗に『魔法』と呼称されるその能力は、詠唱によってその効果を増幅させるものもある。
 ちょうど、目の前の男がしているように。

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 敵の詠唱を耳にした途端、猛然と駆け出すエーカー。

 詠唱を終えたボンゴは、大きく息を吸い、元々大きな胸を更に膨らませる。

 ボンゴが吸った息を勢いよく吐き出すと、口から業火が放たれた。
 炎熱系の法術。しかも事前に空気を体内に取り込んだことにより、大気中の酸素と炎を混ぜ、炎の威力を上げている。一歩間違えれば自分の口内で発火し、火傷しかねない荒技。熟練の法力遣いのみが扱える技術だ。 

 エーカーは咄嗟に体勢を低くし、ボンゴの吐いた火をくぐり抜ける。ボンゴがその行動に反応するより早く、エーカーは敵の大きな腹に向けて銃弾を撃ち込んだ。
 だが、命中したのにも関わらず、法術が途切れるどころか血の一滴も出てこない。
 法力スーツだ。魔道具の一種で法力が伝導しやすい素材でできており、ボンゴが絶え間なくスーツに法力を送り込むことにより、電圧も銃弾も受け付けない鉄壁の盾となっている。

 向かってくるエーカーに対し、再び火を吹き出すボンゴ。全力疾走していたエーカーはそのスピードを落とさずに、列車の床に背中をつけると、カーリングの石の如くボンゴの脇を滑り抜けた。
 
「銃といい、そのスーツといい、法術といい……単なるテロリストじゃなさそうだが……」

 エーカーはその姿勢を保ったまま、懐から取り出した折りたたみ式長剣を一瞬で組み立て、振り返ったボンゴの顔面を容赦なく斬りつける。
 顔以外がスーツに覆われている以上、狙うは顔しかない。その証拠に、アルドロの顔面を捉えた蹴りは、ボンゴにしっかりダメージを与えていた。

「グアアァッ!!!」

 その予想は当たっていたらしく、堪らず顔を抑え、転がるボンゴ。すんでのところでボンゴが身を逸らしたため、即死とまではいかなかったが、エーカーの三連続の斬撃のうち、一撃目と二撃目はボンゴの右頬と顔の左半分に赤いスジを刻み、三撃目に至っては左耳を切断していた。
 
「ただのデブには変わりねぇな!」

 エーカーは滑走の勢いを利用して素早く立ち上がり、倒れ伏したボンゴの喉元に刀を突きつける。アルドロが思わず感心してしまうほど、一切の無駄のないその動きは、ボンゴのあらゆる抵抗を許さない。

「こんな狭い空間で法術なんぞ使いやがって、手前はこの列車の行き先を火星に変更させるつもりかぁ?」

 軽口を飛ばしつつも、手にした刀はボンゴの喉元から動かず、離れる様子は無い。生殺与奪権は完全にエーカーが握っている。

「さぁて、色々と話してもらおうか。お前達の正体と、目的について」

 そう言ってエーカーは手元の刃をさらにボンゴの喉に近づけた。あと数ミリでも動かせば、簡単に胴体と首が分離する状態だ。

 ボンゴはしばらくエーカーを睨んでいたが、やがて目を伏せ、低い声で呟き始める。

「ボク達は王族に見捨てられた成れの果て……生きることも死ぬこともままならない亡霊さ」

「……何?」

 ボンゴの妙な言い回しに、エーカーは眉をひそめる。ボンゴの表情は観念したふうでも絶望しているふうでもない、ただ、瞳の奥底に深い憎悪を滾らせている。

 エーカーは相手の言葉に妙な感じを覚えていた。テロリストだとしても人間だ。信念や目的無しで事を起こすとは思えない。ローンウルフな単独犯ではなく集団の犯行ならなおさら、その信念や目的はより顕在化する。概して彼らの目的は、宗教的目的だったり体制に対する反抗だったりする。

 そして、彼らを見る限り、彼らの目的は王族に対する『復讐』らしい。
 ……だとすれば、彼らと王族の間で何があった?

「君たち傭兵には永遠に理解できまい。それまで信じてきたものに裏切られる、苦痛と屈辱を」

「一体全体何を言ってやがる。ちゃんと説明しねぇと手足の指1本ずつ……」

 エーカーが脅しをかけた瞬間、ボンゴはあろうことかエーカーの持つ刃を左手でガッシリ掴んだ。

「!」

 突然のボンゴの行動に、刃を引いて指を切り落とそうとするエーカーだったが、それより早くボンゴが刃に法力を伝導させた。反応が遅れ、法術で右手を焼かれる。

「チィッ!」

 慌ててエーカーは剣から手を離した。大した攻撃ではないが、ボンゴに行動する隙を与えるには十分すぎる奇襲だ。
 エーカーがたたらを踏んでいる間に、ボンゴは起き上がると、再び脅威の瞬発力で跳躍した。

「待ちやがれ!」

 後ろに控えていたアルドロがすかさず剣を振るうが、ボンゴの法力スーツに阻まれ、剣を弾かれる。

 ボンゴはその巨体を生かして天井を突き破ると、走行する列車の屋根に着地した。先ほどとは打って変わって、狂気の笑みをこちらに向けてくるボンゴ。

 屋根を伝って王女の乗っている車両に行くつもりだ。

「クソッ!」

 前へ駆け出したボンゴをすぐさまアルドロは追おうとしたが、突然押さえ込まれるような衝撃に、強制的に動きを止められる。

 振り返ると、エーカーの焼けただれた右手がアルドロの肩をがっしり掴んでいた。

「な……何すんだ!」

 わめいてエーカーの手を振りほどこうとするアルドロに対し、エーカーは冷静な面持ちでアルドロを諭す。

「追う必要はない、手は打ってある」

「え?」

 エーカーの言葉に、アルドロは興奮を抑え、同じく天井を見つめる。

「上は既にヤツの領域だ」

 そう言ってエーカーはゆっくりと、ボンゴの去った天井の穴を見上げた。