A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #7 「42nd street①」

「……もっとイカした格好は用意できなかったのか?」

 レジーが身じろぎしながらボヤくのも最もだった。今現在、エーカー達一行は王女や執事まで、全員が薄汚れた作業服を着て、地下の車両基地へ向かっている。
 どうやら、今時の若者を尽く体現したレジーという男は、ファッションセンスもまた、今時の若者の思考そのものであるようだ。

「うるせーなぁ我慢しろよ。路線の定期点検の作業員としてカモフラできるように手配するの、どんだけ大変だったか知ってんのか?」

 違和感が場外ホームラン状態の、作業着姿のエーカーが、レジーの不満を諫める。

「だからって王女にこんな格好させちゃってさぁ」

「別に気にしていませんよ。作戦ですから」

 オリガの即答に、あっそ、といった様子でレジーは唇を尖らせる。それでも不満は晴れないようで、レジーのボヤきは止まらない。

「大体よぉ、乗るのはVIP専用路線なんだろ? 王女だってVIPじゃねぇか。逃げるから乗せて下さい、じゃあダメなのか?」

「乗せてくれるでしょうけど、もし相手側にこの路線を知る人がいたなら、オリガさんの場所がそこから漏れる可能性がありますね」

「……あー」

 デルタの的確な答えに、オリガはやはり、自分より年下と思えない大人っぽさを感じ、レジーは不満を表しながらも引き下がる。

「……まぁいいさ、服くらい我慢してやる。列車に乗った後、着替えればいいだけの話だ。ただ——」

 レジーはそう呟きながら、再び身じろぎをした。

 すぐ前方にはアルドロの、刺さったら即死は免れないようなツンツンヘアー。

 右側にはエーカーが、自分の居場所を確保しようと、ひっきりなしにぶつけてくる肩。

 左側にはユーリがオリガをかばって、ほのかな紅茶の香り——と共に、突き出してくる肘。

 後方にはイクスの、エンジェルフォールを彷彿させる、高くそびえる胸板と注がれる死を内包した視線。

 「またクソ狭エレベーターかよ!!」

 ナイツロード団員5名、セントフィナス兵士4名、王族関係者2名。総勢11名を詰め込んだエレベーターは地下80mのアンダーグラウンドへ、不安をあおる振動と一緒に急下降していった。



 



「なんだよ、フツーの列車じゃねぇか」

 アルドロは作業服を脱ぎ捨て、いつもの白いナイツロード制服に着替えながら呟いた。搭乗した7両編成の車両は、特に目立った機能があるわけでもなく、デザイン面に特徴があるわけでもない。 
 銀色の直方体のソレはただ、乗客を乗せて運ぶ為のシンプルなものだった。

「巨大ロボに変形してほしかったか?」

 アルドロの背中に、聞きなれたしわがれ声がかかる。振り返ると案の定、とっくに着替え終わったエーカーが、自動ドアから後部車両に入るところだった。

「ガキ扱いすんなって言ったろ」

「そりゃあ悪ィな。……王女サマとその仲間達はこの電車のちょうど中心部分にいる。デルタ、イクス、レジーは先頭車両、俺とお前は後部車両の警備だ。到着は19:00頃になる。何も問題が無けりゃあな」

 全然自分が悪いと感じていない様子で謝ったエーカーは、現在の状況について、噛み砕いて説明した。アルドロも若干難しい顔をしていたが、何とか理解したらしく「ここを守ればいいんだな」と言って窓の外を見る。

 蛍光灯が光の帯のように通り過ぎていく以外は、全くの闇の中。影の中に潜る能力を持つアルドロにとっては有利な状況……と言いたいが、残念なことに列車の中には照明がある。影はほとんどない。

 アルドロが不機嫌な表情で窓にもたれかかると、エーカーはその様子を興味深そうに見ていた。 

「それにしても、うらやましいなぁボウズ。王女サマと懇ろになっちゃってさあ」

「は?」

「列車に乗るときも、楽しそうに会話してたじゃんかよ」

 エーカーはニヤニヤしながら顎髭をさする。また始まった……と、アルドロは苦虫を噛み潰したような表情になる。

「浮気がバレたらロッテに怒られるぞ」

「うるせぇ! そんなもん無くても泳げらぁ!」

「浮き輪じゃねぇよ」

 エーカーのツッコミも頭に入らないという様子で、アルドロは長いため息をついた。いつものアルドロらしからぬ様子に、エーカーは不可解な面持ちになる。

「……家族のいないオレには、家族の大切さなんてちっとも分からないけどよ……あいつが、オリガが無理して平気な顔してるのは、分かる」

 唐突に重い話をしだすアルドロに、しかしエーカーも、いつものように茶化すことなくアルドロの話に聞き入る。
 父親を失い、自分の命も狙われている。ましてや年端もいかない少女だ。彼女が胸の奥に抱えている苦痛は、察するに余りあるものだ。これまで散々人の心を蔑ろにしてきたエーカーでも、そのくらいは理解していた。

「どうして平気なフリをするんだ? 親父が死んで泣きたかったら泣けばいい。テメェの悪口に怒りたかったら怒ればいい。どうして、あいつは我慢してるんだ?」

「それは、彼女が王女——いや、次期女王、国の長だからだ」

 さっきアルドロをからかっていたのとは、正反対の口調でエーカーは口を開く。

「彼女の行動や思想は、ダイレクトに国民に伝わる。地面に垂らされた水が、地中を浸透し広がっていくようにな。もし彼女が泣き伏せば、国民にも負の感情が広がり、溜まってしまう。国の長として、彼女は常に前を向いていなくちゃならねぇ。例えどんなことが起きても、だ」

「父親が死んでも、テロリストに命を狙われても、か?」

「そうだ」

「……」

 エーカーの即答に、アルドロは歯噛みしながら押し黙った。その様子を、エーカーはいつになく憂慮のこもった表情で見つめる。

「アルドロ、あまり依頼人の心に深入りするな。情が移れば判断を鈍らせる。任務を成功させることを第一に考えろ。傭兵は心理カウンセラーじゃねぇ。今の俺たちにできるのは、彼女を無事に家に帰すことだけだ」

 エーカーはそう言いつつも、既に手遅れだと感じていた。

 アルドロは確実にあの王女に情を感じている。もちろん恋心ではなく、仲間を心配するような感情に近い。

 彼は戦闘に関しては頑固なこだわりを持つ一方で、とても感化されやすい一面も持っているのは確かだった。それがアルドロの若さからか、それともアルドロ自身の生まれつきの性格からきているのかは分からないが。

 作戦を無視し、自らの流儀に基づいて行動する頑固さ。依頼人に同情し、必要以上に助けようとする純粋さ。
 はっきり言って傭兵には向いていない、と言えばそれまでだが、エーカーは彼をあっさり切り捨てようとは考えなかった。

 必ずコイツは"化ける"瞬間が来る。俺がそれを与えてやるのだ。

「……どうした? エーカー?」
 
 真剣な顔で黙りこくっているエーカーがよほど珍しかったらしく、アルドロは心配そうな面持ちでエーカーの名を呼ぶ。

「……ん? ああ。何でもねぇよ」

 我に返ったエーカーは、慌ててかぶりを振る。今の考えは目の前の本人にも、誰にも言えないことだ。

「どんなイタズラしようか考えてたんじゃないだろうなぁ……全く」

 怪しさ満点のエーカーの様子に、アルドロは疑いの念を隠さず呟く。

 瞬間、蛍光灯と暗闇以外は何も無い筈の窓ガラスの外側に、奇妙な物体が映った。

 白い色をしたそれは、アルドロの背後の窓に張り付いて、何やら様子を窺っているようだ。

「……」

 エーカーはその姿を視認するや否や、懐からワルサーを引き抜き、アルドロに対して容赦なく撃った。

 本当に突然の出来事に、しかしアルドロは何が起きたか理解することよりも、真っ先に頭をかがめることを優先。結果それは正しく、エーカーの放った7.65mm弾はアルドロの頭を掠めるに留まった。
 轟音と共に窓ガラスは砕けちり、悲鳴と共に白い物体は赤い花を咲かせて車両から振り落とされる。

「いっ……いきなりなにしやがんだクソジジイ!」

 事の全てを把握しきれていないアルドロにとっては、突然エーカーが自分に向けて発砲したようにしか見えない。もし当たっていたら死んでいたかもしれないのだ。
 だが、エーカーは抗議の声に耳を傾けることもせず、尻餅をつきながら怒鳴り散らすアルドロを押しのけて、窓の外を確認する。

 窓ガラスが破壊されたこと以外は、数秒前と同じように、蛍光灯の白い帯と暗闇だけの景色が広がっている。だが、長年の兵士の勘から何かを察知したエーカーはふと、車両の壁面を見た。

 銀色にコーティングされた車両の壁に、黒くて小さい直方体が張り付いていた。手のひらサイズのそれは、黒いガムテープが巻かれていて、何やら赤いランプが点滅しているように見える。

 銃も手にしたことのない一般人ならともかく、エーカー達傭兵にとっては見慣れたものであると共に、その脅威を十分に知る代物だ。



 C4爆弾



 エーカーは直方体の物体の正体を理解すると、窓から身を引き、アルドロの髪を乱暴に掴んで、車両の前方に矢のような速さで移動した。

 その直後、C4が炸裂し、車両の後部を砂糖菓子のごとく粉々に吹っ飛ばす。照明で照らされた白い壁が消え、変わりに今まで窓の外にあった地下路線の真っ暗な空間が姿を現した。

「うおおおお!? なんだあああああ!?」

 突然の出来事に叫ぶアルドロを他所に、エーカーは小型無線機を取り出す。

「こちらエーカー! 襲撃を受けた! 車両の損害大! 敵の人数は不明!」

 無線機に向かってがなると、イクスが一切の動揺を見せず応答する。

『こちらイクス。同じく敵が前方から侵入。人数は六人。武装はバラバラだが、この車両に損害を与える武器は無いようだ』 

 挟み撃ちか——
 エーカーは瞬時に頭の中で対応策を練る。最優先事項は王女を守ることだ。同時に、ここで足である列車を失っても非常にマズいことになる。

「列車は絶対に止めるなよ。ひとまずデルタを王女の護衛に回せ。レジーとお前で敵の迎撃だ。こっちは俺たち二人で何とかする。できるか?」

『任せろ』

 頼もしい返答と共に無線が切れた。茫然自失の状態でそのやりとりを見ていたアルドロだったが、無線が切れると同時に飛び起き、エーカーに詰め寄る。

「どういうことだよエーカー! このルートはバレてなかったんじゃあないのか!?」

「……信じるかは別だが、俺と団長はこの護衛経路について一切の他言をしていない。だとすれば、漏れたのは俺がホテルで皆にルートを話してから、列車に乗るまでの間だ」

 走行する列車の強風を浴びつつ、アルドロの怒りの籠った質問にエーカーが応える。

「問題は、敵がどうやってこの列車に搭乗してきたか」

 エーカーの至って冷静な言動に、アルドロも一旦怒りをしまい込み、エーカーの言葉の続きを待つ。

「あらかじめ忍び込んでいた? 違う、出発前に全ての車両をくまなく確認した。後ろから追ってきた? 違う、この列車は時速130キロで走ってる。追いつくにはそれなりの乗り物が必要になるが、あの狭いエレベーター以外に地下路線へ通じる道はない 」

 エーカーはそこで言葉を切り、間を置く。

「あり得るなら、路線の途中に先回りして待ち伏せだ。かなり早い段階で情報が漏れていたと仮定すればの話だが……」

 その瞬間、エーカーの言葉を遮るように、地下の暗闇の中から二つの形の違う影が飛び出して、エーカー達の目の前に着地した。

 片方は丸くてぶくぶくに太ったチビの男。ボタンのはち切れそうな白い軍服に、ベルトと弾薬を巻き付けている。

 もう片方は、隣とは対照的に長身でスラリとした、ノッポの男。同じ白い軍服で、身体中にナイフを装備している。

 二人の男と相対したアルドロは、腰にぶら下げていた片手剣を引き抜き、呟いた。

「……例えばの話じゃなくなったみたいだな」

「よかったじゃねぇかボウズ。"お前好みの仕事"になりそうだぜ」

 エーカーは、無線機を懐に仕舞い、代わりに銃を引き抜きながらニヤリと歯を剥いた。