A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #5「Tom and Jerry②」

 「よーし、全員集まったか?」

 フランス・パリの郊外、グランパレ・ロイヤルホテルの一室に、エーカー達一行は集まっていた。

 このホテルの中で一番安い部屋だが、内装はそこそこ整っている。しかし、いかんせん男4人が集うと狭くなってしまう。

 そんな狭さにイラついているのか、未だに騙されて任務を受けさせられたことを根に持っているのか、不機嫌そうな顔で貧乏揺すりをしているのは偵察兵のアルドロ・バイムラート

 穏やかな表情で椅子に腰掛けているデルタことデルタクス・アーリア。『今は』少年の姿だ。

 眉間に皺の寄った表情で、壁に寄りかかっている大男はイクス・イグナイト。無論、これが彼のデフォルトの表情である。

 そして彼ら3人の前に立って、いつものニヤけ面で腕を組んでいるのが、イリガル・エーカーだ。
 
 以前に任務を共にしたこともあって、互いに面識のある者達。故に、感慨深い再会……というふうでもなく、彼らの再集結は非常にあっさりしたものだった。

「……あれ? 確かこの任務は5人で行うって聞いてましたけど……1人足りませんね」

 デルタの問い。直後、それに応えるかのように、入り口のドアが開いて1人の男が部屋に入ってきた。

「おいっす。下でジュース買ってきたけど飲む?」

 ……一言で言えば"今時の若者"、そんな雰囲気の男だ。赤い短髪にグレーのジャケット姿。シルバーアクセサリーをチャラつかせながら近づくその足取りは、傭兵には全く見えない。

「おいテメー、時間押してんのにどこほっつき歩いてやがんだ? ガキの遠足じゃねーんだぞ、まったく」

「しょうがねぇだろ、冷蔵庫に何も入ってなかったんだから」

 エーカーの駄目出しに、赤髪の男が軽口で返す。どうやらエーカーと男は面識があるようだ。彼らの口論にイクスが口を挟んだ。

「……そいつが5人目? 見ない顔だな。新入りか?」

「あぁ、俺はレイニー・フランダだ。レジーでいい。つい最近ココに入ったばかりだ——っても、もう半年くらい前になるかな? まぁ、ヨロシク」 

 新人の自己紹介とは思えないほどノリの軽い挨拶に、イクスは怪訝な顔をする。しかし、イクスの鋭い眼光に少しも動じる気配が無いところを見ると、どうやら"傭兵として"日は浅いが、"戦士として"はそうでもないらしい。

 レジーはアルドロの隣に座ると缶ジュースの蓋を開け、一気に飲み干す。アルドロが何か抗議の声を上げようとしたのに先んじて、エーカーは説明を始めた。

「揃ったところで確認といこうか。把握してるとは思うが、今回の作戦は要人を目的地まで護衛することだ。護衛対象はセントフィナス王国皇女——オリガ・アレクセヴナ」

 エーカーが発した聞き覚えのある単語に、アルドロが反応する。

「セントーファイナルって……新聞で見たぜ、この前王さまが死んだとこか?」

「セントフィナス、だぜ、坊主」

 隣に座ったレジーがからかう。まるでエーカーのような小馬鹿にした口調に、アルドロがムッとした。

「いや、国王が崩御したのを知ってるとは、ボウズにしちゃ上出来な方だぜ。セントフィナスはバミューダ海域に浮かぶ小さな島国だ。元はイギリスの植民地だったが数年前に独立。人口は9万2千で立憲君主制。通貨はセントフィナス・ポンドで英ポンドと価値は同じだ。公用語もイギリス英語」

 フォローついでにエーカーが情報を羅列すると、アルドロの表情が急激に曇った。アルドロのことだ、1つの情報を得ると他の情報が頭から抜けてくに違いない。見かねたエーカーは話題を任務に変えることにした。

「護衛対象のオリガ・アレクセヴナは雑多な護衛と一人の執事だけ連れてシアンスポに留学中だった。先日父親のアレクセイ・ヴァシリヴィチ・パヴロフが急死し、国に戻ることになったんだが……そこで正体不明の集団の襲撃があった。王女は無事だったが護衛の大半を失い、今は身動きの取れない状況。任務としては"お客"を護衛しながら目的地のセントフィナスまで送り届ける簡単なお仕事だ。なにか質問は?」

「国から護衛の増援は期待できないんですか? もちろん人命が第一ですが、僕たちに頼ったということは国の軍の信用を損ねることになるのでは……」

 確かに、国に軍隊があるのにも関わらず、一般的にならず者の集団と思われている傭兵に護衛を頼むことは、軍にとって鼻をかんだ後のちり紙が如く、信用を投げ捨てられたも同然だ。王室と軍との間に確執が生まれても不思議ではない。デルタの問いに、エーカーは飄々とした口調を崩さず答える。

「あぁ、セントフィナスの軍は警察を兼ねているが、大した数じゃない。以前は憲兵として、かなりの強者揃いだったらしいが、他国の軍縮のアオリを受けて今はその面影も無いようだ。俺たちの方が練度は上だろう。それを承知の上だ」

「そうですか……できれば身内で解決できればよかったのですが、仕方ないでしょうね」

「護衛ルートは? 大掛かりな装備が無いところを見ると、市街に紛れての移動か、全く別のルートを通るのか……ともかく、通常の護衛というわけにもいかない」

「そう急かすなよ、ルートはお客と合流してから伝える」

イクスが問い質し、エーカーがはぐらかす。

「……んで、その王女は今、どこにいるんだ?」

 アルドロの質問にエーカーは天井を指差した。

「最上階のスイートだよ」
 






 
「……別れて時間空けて乗った方がよかったんじゃないか?」

 レジーが溜息交じりにボヤくのも最もだった。エレベーターで最上階のスイートルームに上がる5人だったが、どうも、このホテルのエレベーターはホテルの規模に似合わず随分小さいようだ。結果、そこには男だらけの窮屈な空間ができあがっていた。若干名ガタイのいいのがいるせいで余計に狭い。

「うるせーなぁ我慢しろよ。俺だって好きでしてんじゃねーんだ。今、ここでニホンみたいに地震が起こってエレベーターが止まったらかと思うとだな……」

「そうじゃねぇよ。一応尾行には気をつけてるけど、足がつかないとも限らない。大体、相手がどんな規模の連中かすら把握できてないんだろ? このタイミングで尾けられていたらオシマイだぞ」

「ダイジョーブダイジョーブ。俺達、表向きは『ゴライアスバードイーターを愛する会』って名義でこのホテル借りてるから」

「ゴライ……えーと、何だって?」

「そうこう言ってるうちに着くぞ」

 イクスが言い終えるのと同時に、チン、という小気味のよい音が響いたと思うと、自動ドアがゆっくりと開いた。
 
 
 


「お待ちしておりました」  

 エレベーターから降りると、エーカー一行を黒い燕尾服の男性が出迎えた。

 白髪交じりの初老で、大柄なイクスに並ぶくらいの背丈の男だ。しかし整った顔立ちとにこやかな表情のためか、威圧感といったものは一切感じられない。

「私、お嬢様の執事を務めさせて頂いております、ユーリ・マルケロフと申します。皆様方のことは聞き及んでおります」

「お、そうか。んじゃ、さっさとそのお嬢様のとこにご案内してくれ」

 仮にも一国の王女の側近であるというのに、軽いノリで催促するエーカー。どうやらこの男は遠慮というものを知らないらしい。

「こちらでございます」

 しかし、そんなノリには一切動じず、深々と頭を下げ、了承するユーリ。逆にエーカーの方が、興の削がれたような顔をしていた。

 廊下の一番奥にある扉の前に着くと、ユーリは扉をゆっくりと開ける。

 果たして、部屋の中の様子を見たエーカー一行は、思わず困惑の表情を浮かべた。

 最上階の一番高い部屋だけあって、まるで邸宅のようにラグジュアリーな部屋の内装は、粛々とした雰囲気を与える。

 そんな荘厳な背景に似つかわしくない、白い軍服を纏った兵士が4人、そして何より目を引くのは、その兵士に囲まれて椅子に座った1人の少女だった。金髪のセミロングで、白い半袖のシャツにデニム。都会には似合いそうだがこの部屋とは全くの不釣り合いの、かなりカジュアルな格好だった。

 少女は、その格好とは裏腹に、気品のある落ち着いた声で名乗った。

「オリガ・アレクセヴナです」