アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #2「Bloody Sam②」
TMMI社社長室は、文字通り緊迫した雰囲気に包まれていた。
ナイツロードの使者、イリガル・エーカー、イクス・イグナイト。
二人を取り囲んでいるのは、アサルトライフルを構えたTMMI社の兵士達。
さらにはその兵士達に肩を並べて、TMMI社社長のローグまでもが、銃を向けていた。
「紳士の時間は終わりだぜーージジイ共」
それまでの丁寧な対応など微塵も感じさせない、荒々しい口調でローグは言い放つ。
「エーカー、お前は少しカン違いをしている」
「……何が?」
周りの兵士の動きを伺いつつも、余裕そうに肩をすくめ、分かりませんアピールをするエーカー。
「確かにお前の言う通り、我々TMMI社がお前たちナイツロードに近づいたのは利益のためだ。だが我々の言う利益は金ではない——殺しだ」
"殺し"の二文字を口にした瞬間、ローグの目が狂気に歪む。
いや、それは目と認識してよいものだろうか。むしろ地割れといった方が近いものを感じる。綺麗な半月状に裂けた地割れはローグの笑いと呼応して赤黒い光を見せていた。
最早ローグの目には誰も映っていなかった。
「金という目的の為に武力を行使するのが傭兵だが、我々は違う。殺しの為なら金などどうだっていい。敵の叫ぶ声が聞こえれば、銃弾の弾ける音と硝煙の匂いがすればそれでいい。我々はそういう連中なのだ」
ローグはそう言って口を大きく歪ませ、愉悦の表情を作る。周りの兵士達もそれにつられて、各々が思いっきりの笑顔を浮かべた。
"笑顔が絶えない職場"——なるほど随分幸せそうだな、とエーカーは思った。無論、入りたいとは到底思わないが。
「しかし、金がなければ殺しができないのも事実。最近になって、諸外国の平和を求めるジジイババアの所為で殺しの場所も随分減って来た。我々はずっと求めていたのだ。殺しの場所を」
「——だから、ナイツロードに寄生して、さらなる戦いを求めるというのか。そして、用済みになったり邪魔立てするようならば潰す、と」
それまで沈黙を保っていたイクスが口を開く。ローグは興味深そうに、イクスへ狂気の眼差しを向けた。
「その通りだよ、だがお前達のせいで気分が変わった。そちらがそうするのなら、こちらにも考えがある。お前たちを人質に身代金を要求するのだよ。そして、手にした金で再び争いを引き起こす。最も、お前達を解放する気などないがね——初めからこの方がよかったな。俺達好みだ」
再びローグとTMMI社の兵士達は笑い出した。だがそれを掻き消すように、エーカーの非常にわざとらしい笑い声が部屋中に響く。
「——そうかい。やっぱお前ら、俺が今まで見てきた傭兵団の中で最低のレベルだぜ」
相変わらず、笑みを顔に張り付けたままそう豪語するエーカー。ローグの不快を込めた目線に動じることなく、彼は言葉を続ける。
「だが俺は優しいからなぁ、あんたらが傭兵として少しはステップアップできるようにいくつかアドバイスしてやるよ。ひとつ、趣味や遊びで人殺しをする奴は三下以下。もうひとつ、規律を持たない戦闘集団はただの殺し屋同然だ。そして——」
エーカーは言葉を途切れさせた瞬間、懐から小型拳銃ーー愛用のワルサーPPKを抜き出し容赦なく引き金を引いた。
電光石火の如き早業に、あらかじめ銃を構えていたローグは大きなアドバンテージがあったのにも関わらず、引き金を引く暇すら与えられず顔面を吹き飛ばされ即死した。
下アゴだけ残ったローグの遺体は数秒のタイムラグの後、床に倒れ臥す。
「——人質にする相手は選ぶべき、だ。オーライ、"紳士の時間は終わりだぜ"。イクス」
「そのようだな」
言い終わるか否か、イクスはリボルバーを引き抜いて、すぐ隣で銃を構えていたTMMI社の社員を撃ち殺す。
あっけにとられている兵士達を尻目に、リボルバーとワルサーの銃声によるデュエットが、一切の隙と無駄なく社員の命を一つ一つ摘んでいく。
6発の銃声で6人の兵士が倒れ——再び、部屋は静寂に包まれる。
真っ赤に塗装された床を見渡し、エーカーは一人の兵士の死相を蹴り起こしながら、つまらなそうに嘆息した。
「ヘッ、大口叩いといてこのザマか。あのボウズならもう少し抵抗してるぜ……ま、所詮、能力者のいない集団だしな」
エーカーはそう言って銃を懐にしまい込む。直後、警報がプラント中に鳴り響くと同時に、大勢の足音が怒号と共に、こちらに向かってくるのが分かった。どうやら外の兵士が銃声を聞きつけたらしい。エーカーは面倒くさそうに肩を竦めつつ、懐から再び銃とヘッドセットを取り出した。
「増援が来るぞ。作戦は?」
「この部屋を出たら二手に分かれてプラントの"掃除"をする。お前は北側、俺は南。敵は鏖殺する。一人残らず殺せ」
イクスの問いにヘッドセットをつけながら、エーカーはにやりと歯を剥いた。
「——クリア」
死体だらけの床にただ一人立ち、制圧完了の宣言をするイクス。部屋を出てからまだ5分も経っていないが、既にイクス以外に立っている人間の姿はない。
死体は頭や心臓といった箇所に正確に銃弾を穿たれ即死している。その顔はまるで自分がいつ死んだのか理解しかねるーー否、自分が死んだことすら理解していない表情だ。
イクスはリボルバーをしまって一息つくと、落下防止用の柵に寄りかかり、真っ黒な海に目をやった。いまだ太陽が顔を見せる気配はない。
『こっちも制圧した。何人殺った?』
不意にヘッドセットのスピーカーからエーカーの声がした。イクスは視線を海から足下の死体群に移す。
「14名」
「こっちも14人だ。これで名簿に載ってた奴はあらかた殺ったな」
エーカーの——人を殺した後とは思えないーー上機嫌な声に、イクスは呆れながら頭の中の疑問を口にした。
「……全く、初めからこのつもりだったのか? 確かにお前がネゴシエートすると聞いた時点でイヤな予感はしていたが……上にはどう説明するつもりだ」
「説明も何も、上の意向が"コレ"なんだよ。なんなら今すぐレッドリガに確認の電話掛けてもいいぜ」
エーカーは団長の名前を出しながら、そんなことをうそぶく。もちろん本気ではない。こんな夜中にあの団長に電話を掛けるくらいなら、今すぐこのプラントから冷たい海中に身を投げた方がまだマシだ、とエーカーは自分で言ったのにも関わらず寒気を感じた。
「……なら、最初から部隊を送り込めばよかったんじゃないのか? わざわざ交渉を装う理由など——」
「おいおい、中身がアレとは言え、外から見れば奴等は俺達と同業者だぜ? そいつらを直接武力で倒したとあっちゃあ大問題だ。今のはれっきとした正当防衛だよ」
そうか、と答えつつ、足下の死体の山を見やる。これでは正当防衛ではなく過剰防衛だな、とイクスは思った。
直後、イクスはある気配に空を見上げる。眼帯に仕込まれた赤外線センサーが一つの物体を感知した。
「ヘリがこっちにくる。敵じゃない。ナイツロードのものだが……俺達が乗ってきたヤツとは別物だ。往路で使ったヘリが回収に来るのは夜が明けてからの手筈だしな……エーカー、増援でも呼んだか?」
「いいや。だが、誰が乗ってるかは大体想像つくぜ」
妙な自信だな、と思いつつ、イクスはヘリの着陸したプラットホームに向けて歩き出した。