A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #1「Bloody Sam①」

 民間軍事企業TMMI社の社長、ローグ・マーチェンは、自社の兵士に連れられて社長室に入って来たナイツロードの使者の顔を見た途端、困惑の表情を浮かべた。

 これまで、ナイツロードとの交渉は何回かに渡って行われてきた。その時の相手は物腰も丁寧で誠実さを感じられる、非常に好印象な人物だった。おかげで交渉は順調に進んでいたのだが……今日、姿を見せた使者は全くの別人だったのだ。

 入って来た使者は二人組。片方は金髪で右目に眼帯をつけた、黒コートの大男。目つきは鋭く、少し睨まれただけで並のチンピラなんぞは失禁してしまうだろう。

 もう片方は、チョビ髭に黒い長髪を後ろで結わえた中年の男。にこやかな表情を作ってはいるが、目が笑ってないのがすぐに分かった。人を何人も殺してきた奴特有の、光のない目。

 ……どう見ても、交渉に来た面子とは思えなかった。

「いやはや、遅くなって申しわけございません。私、ナイツロード所属のイリガル・エーカーと申します。隣は護衛のイクス・イグナイトです。……さて、早速お話を始めましょうか」

 長椅子に座った二人の使者のうち、チョビ髭の方の男は口に葉巻きを咥えながら、そんなことを言う。

 ローグは少し迷ったが、とりあえず頭の中の疑問をぶつけることにした。

「えぇと、エーカーさん? 以前までの使者の方は……? 確かレイドさんと名乗っていた」

「ああ、彼は今、別の任務で手が離せなくてですねぇ。私が代理として来たワケです。まぁそれほど心配なさらずに。大まかな事情はこちらの方で把握してますので」

「はぁ」

 椅子にもたれかかって足を組み、堂々と葉巻きを吸い始めるエーカー。エーカーの周りに立っているTMMI社の兵士達は、めいめいが不愉快な心持ちを顔に出す。

 その傲岸不遜な態度をローグは訝しみつつも、とりあえず話を始めることにした。

「我々TMMI社は近年、経営が困難な状況にあります。原因は単純に依頼の絶対数の減少。依頼件数は30%まで落ち込んでいます。正直なところ"来年までこのプラントが建っているか"すら怪しい。反対に、"この業界で現在最も売れていると評判の"あなた方、ナイツロードは依頼件数が膨大な分、それをこなす団員の数が足りていないと伺っております。我々は社員が働く為の依頼を求め、あなた方は依頼をこなす為の社員を求めている。つまり、ここで取引が成立する。私はナイツロードの団員名簿に、あるいは傘下企業として、我々を加えていただきたいと考えているのですが——」

 不意にローグは言葉を止め、資料からエーカーの方に目を移し、その目を疑った。

 あろうことか、話の聞き手であるはずのエーカーは、資料には目もくれず、悠々と自分の吐き出した紫煙を眺めているではないか。

「あの……聞いてます?」

「あ? うん、聞いてる聞いてる」

 そう言いながらも、資料には一切目を向けようとしないエーカーに対し、疑いの念を深めながらも、ローグは話を再開した。

「……えぇと、この資料は我々がナイツロード傘下に加わった際の、およその増益額を表にまとめたものです。依頼受注から達成までの回転率が上がったことによる利益の増大から人件費や武器の費用を差し引いても……見ての通り、ナイツロードの利益は1.5倍まで増加する見込みです」

 そこで椅子から立ち上がったローグは、手元の資料をエーカーの眼前に突き出した。これで逃れる事はできない。

 エーカーは無精ながらも、ゆっくりとした動きでそれを手に取る。ローグが安堵の表情を浮かべた矢先、何とエーカーはその資料をキャンディの包み紙が如く、くしゃくしゃに丸めて後ろに投げ捨てた。

 予想外の行動に二の句も告げないローグに対し、エーカーは相変わらずの品行で催促する。

「——で、これだけ? 話はもうおしまい?」

 静まり返る室内。ローグやTMMI社の兵士のみならず、護衛のイクスまでもが、居心地の悪そうな表情をしていた。まるで時間でも止まったかのような静寂の中、ローグの耳にカタカタと何かが震える音が聞こえた。

 周りの空気などこれっぽっちも気にしてないエーカーから目線を外し、自分の社員を見たローグは、その音の正体が何なのか分かった。

 ——兵士の銃口が小刻みに震えている。

 次の瞬間、耳をつんざく怒号が部屋中に響き渡った。

「……ふざけてんのか手前!!」

 ローグの傍に控えていたTMMI社の兵士が一人、アサルトライフルの銃口をエーカーに向けた。セーフティの外されたソレは、ちょっと引き金に力を加えるだけで目の前の男をボロ雑巾にする代物だ。 

「さっきから黙って聞いてりゃ偉そうにしやがって! ブッ殺すぞ!」

 兵士の恫喝に、しかし銃口を向けられている筈のエーカーは平然とした様子で、相変わらず椅子にもたれてくつろいでいる。

 彼の表情に銃を向けられているという恐怖感は微塵も無い。むしろ、この状況を愉しんでいるようにすら見えてしまう。

 エーカーは兵士の向けた銃口を、餌を運ぶ蟻を眺める子供のような目つきで見つめながら口を開いた。

「なんだぁ? 急にワンワン吠えちゃって。 ここの兵士は『待て』もできないのか? だったらキチンと首輪つけとかないとなぁ。でないと、東洋人におっ捕まって鍋で煮て食われちまうぞ」

 謝罪どころか、銃を向けている兵士に対して明らかな挑発。

 今にも怒りが爆発しそうな兵士をローグが手で制す。これだけ馬鹿にされながら、身を引くというのは彼にとって大きな屈辱だが、社長の命令では仕方が無い。渋々、銃口を下ろす兵士。

 それをニヤニヤ見つめているエーカーに対して、ローグは隠していた疑いの念を表に出す。

「どういうつもりです? エーカーさん。数回にわたる交渉で我々とナイツロードはやっとここまで歩み寄ってきた。あなたはそれを台無しにしようとしている」

「フフン、歩み寄り。歩み寄りねぇ」

 エーカーは呟いたかと思うと、突然机の上に足を投げ出した。豪快な音と共に、机の上の資料が宙を舞い、床に落ちる。

「なーにが歩み寄りだ。手前らが『駄賃欲しさに金のなる木に近づいてきた』の間違いだろ?」

 敬語が完全に消失したエーカーの言葉に、周りのTMMI社の兵士達は一斉に銃を向ける。

 危険な状況の中、エーカーは口端を上げ、イクスは隣の男の放埒な振る舞いに思わず呆れ顔になる。

 エーカーは周りの銃口など一切気にせず——むしろ興が乗った様子で言葉を続ける。

「依頼の減少? 経営の悪化? ハン、俺はそれが合併ごときで良くなるとは思わねぇな。なぜならそれらの原因は——」

 エーカーは突如立ち上がると、部屋を見渡し、次々とTMMI社の兵士達を指差していく。

「お前にお前にそいつにこいつにそこのワンちゃん、それと手前とお前に——」

 最後にエーカーは目の前のローグを指差した。

「——お前だ。そーだ、お前らTMMI社の評判は俺も耳にタコができる程聞いてる。何せこの業界じゃ『悪い意味』で有名だからな。高額の依頼料の割に業務内容は粗雑。特に、中東絡みの仕事じゃあ理由もなく無関係の民間人を大勢殺したらしいじゃねぇか。女子供見境なく、だ。テッド・バンディをかき集めたような連中だなこりゃ」

 銃を持ったリスナー達をよそに、エーカーの演説はますますヒートアップする。ローグはそれをあくまで冷静な面持ちで見ていた。

「しかもこのプラントだって、別の企業が建設途中だったのを無理矢理占領したってウワサじゃねぇか。知ってるか? お前らみたいなのは傭兵とは言わねえ。タダの犯罪者だ。……何か弁明があるなら言ってみろ、社長サン?」

 エーカーの問いに対して、ローグは表情を崩さず沈黙を保った。

 それが答えだった。何も語らない社長に対して、エーカーは嘲りの表情を見せる。

「確かに、俺たち傭兵は汚れ仕事も平気でやるが、あんたらの場合は"仕事ですらない"。俺たちナイツロードは超ピュアの真面目人間ばっかだから、そんな連中とは手を組めないんだ。この交渉はナシってことさ」

 そう言ってローグに背を向けるエーカーとイクス。それまでの様子を静かに見ていたローグだったが、彼らが背を向けた瞬間、彼のおだやかな表情が豹変した。

「——逃がすな」

 ローグの命令でエーカーとイクスに向かって一斉に銃口が向けられる。

 それを見たエーカーはわざとらしく困った顔をしながら、ゆっくりとローグの方へ向き直った。

 まるで同じ服装をした別人だった。ローグの表情は文字通りに仏から般若へと変貌を遂げており、その目つきは怒り狂った闘牛の如く、殺意のオーラを存分にまき散らしている。

「ここまで我々をコケにしてタダで帰れると思ったか? ……私の会社を舐めるなよクソジジイ共」

 これまでの丁寧な物腰とは真逆の口調で、懐から拳銃を取り出しエーカーに突きつけるローグ。

「……やっと本性あらわしたなぁ、Mr.社長サン?」

 それを目の当たりにしながらも、エーカーは楽しそうな表情を崩さず、フフンと鼻を鳴らした。