A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

The twain Swords #1-11

《1989/8/31 AM9:14 スイス WDO世界防衛機関本部》

 赤毛の女性……もとい、世界防衛機関の総司令官、ラブ=ファイナスとの邂逅の後、未だ疲れの残るアルフォンソの様子を見たテンヌィスは、ひとまず彼を本部に一晩泊めてやることにした。

 アルフォンソにはまだ二人に聞きたいことがたくさんあったが、テンヌィスに半ば強引に横にさせられた為、質問の一つもすることは叶わなかった。

 翌日、起床した後、ベッドから出て立ち上がったアルフォンソは、自身の身体の変化ぶりを昨日よりも明確に感じることができた。

 身体がとても軽く感じる。無重力とまではいかないが、床を蹴ればそのまま浮いていられるような心地だ。無性に動き回りたい気持ちをぐっと堪え、傍のテーブルに置いてあった自分の眼鏡をかけてみる。視力が回復しているのも間違いないようだ。逆に、今まで自分の体の一部であった眼鏡は、かけると視界を歪ませてしまった。

 不意に誰かの近づいてくる足音が響き、アルフォンソは役割のなくなった眼鏡をかけたまま、音のする方を向いた。

 波打つ世界に際立って存在する赤と黒の2つのコントラストの正体は、説明するまでもなくラブとテンヌィスだ。色だけで判別できるあたり、colorという単語が特徴という意味を持ってるのも頷ける気がする。

「調子は……いいみたいね。念のため身体検査しましょうか?」

「……いえ、大丈夫です」

 昨日の出来事を思い出して丁重に拒否するアルフォンソ。そのままテンヌィスのほうに目を向ける。

「テンヌィスさん、昨日からずっと尋ねたかったんですが、僕と一緒にいた金髪の記者は……」

 その言葉に、テンヌィスとラブは目を伏せた。ラブに至ってはそれまでの笑顔が嘘のように暗い顔だ。それでアルフォンソは全てを察した。

 彼は死んだ。

 いや、既に昨日の時点で、アルフォンソは彼が生きてはいないと感じてはいた。その証拠に脳裏には、彼が目の前で銃弾に引き裂かれる様子が焼き付いて離れない。

 ただ、自分が認めたくなかっただけだ。

「巻き込んでしまって本当に申し訳なく思っている。法力の情報を漏らさない為に兵士達に魔道具の武装をさせていなかったのが裏目に出てしまったのだ。まさかあんなことになるとは……」

 テンヌィスの言葉に、アルフォンソは今にも目の前の男に飛びかかりたい衝動に駆られた。魔道具の力がどの程度かまでは知らないが、それを使えば彼は死ぬことはなかったのではないか。彼だけじゃない。他の犠牲になった記者や兵士達も同様だ。もちろん法力の情報が世に知れ渡れば、WDOの持つ優位性は失われ、法力を悪用する連中も出てくるだろう。彼らが目指す戦争根絶に支障をきたすかもしれない。だが、それは果たして目の前で救えるはずだった命よりも優先させるべきものだったのか。

 テンヌィスの次の言葉を待つまでの刹那、アルフォンソの頭の中は沸騰したポットもいいとこだった。しかし、それを口に出そうとはしなかった。

 今更である。ここで自分の感情をぶちまけたところで彼や他の犠牲者は戻って来ない。無意味である。たった一人の犠牲者の言葉で、WDOの方針がすぐさま変わることは無い。トロッコ問題や臓器くじのように、人の命の重さを論じればきりがない。

 だが完全に静観を決めこんでいられるほど、アルフォンソは消極的な人間でもなかった。だから怒りを心の奥底にしまい込む代わりに、アルフォンソはある決断をしていた。

「それで、君の今後についてなんだが……」

 そんな彼の思いに気付くはずもなく、テンヌィスはアルフォンソにいくつかの書類を手渡す。

「法力を持った以上、君から法力の情報が漏洩しないとも限らない。もしくは君が故意に漏洩するともな。だが私たちも鬼ではない。日本に帰って元の生活をしてもらって構わない、が、我々の監視下にはおかせてもらう。面倒で済まないが日ごとに書類をこちらに送信してくれ。大まかな君の体調管理と周辺環境についてのチェックシートだ」

 のべつ話すテンヌィスに対して、アルフォンソは記者会見の時のように、勇敢な漫画の主人公を頭に思い浮かべ、その勇気を借りながら口を開く。

「……必要ありません」

「……何?」

 予想外の返答に、テンヌィスは昨日の記者会見のような、どうとも表せない嫌な雰囲気を身に感じた。そして、テンヌィスの感じた通りに、アルフォンソはとんでもないことを口走った。

「僕を……WDOの兵士にしてください」

「なんだと?」

 アルフォンソの言葉に耳を疑うテンヌィス。アルフォンソはつっかえながらも、気迫のこもった口調で続ける。

「ここの兵士になれば、あなた方が僕の監視を行う必要も、書類を検査する必要もありません。それに何よりも、僕は彼や、他の記者達を救えなかった。もう人が死ぬのを傍で見ているだけなんてのは嫌なんです! この力も、僕が目の前の命を救いたくて手に入れたものだと思うんです! だからどうか、僕に法力の扱い方を教えて下さい!」

「何をバカなことを言っているんだ。お前は一般人じゃないか。そもそも何の鍛錬もしていない一般の人間が法力をその身に宿すこと自体が奇跡に近いんだぞ。それなのに……」

 突然、テンヌィスの言葉を遮って、クスクスと笑い声がした。テンヌィスはぎょっとして隣を見やる。それまで静かに2人のやり取りを見ていた赤毛の女性は、さも可笑しそうに口を押さえて笑いをこらえていた。急な出来事にテンヌィスは困惑する。

「……なにか可笑しいことでも言ったか?」

「いえ、ごめんなさい、まさかあなたが気付いていないとは思わなくって」

「何を? 一体何のことだ?」

「少なくとも彼はただの一般人じゃないって話ね」

 狼狽を隠せないテンヌィスをよそに、ラブは言葉を続ける。

「昨日、体内の法力を確かめる為に彼の体を見た時、不思議に思ったのよ。法力不足で治りきらなかった訳でもないのに、彼の体に細かい傷跡があったこと。しかも一般人が普通の生活を送っているならまずできるはずのない傷跡……銃創。それも昨日今日つけられたものじゃないもの」

 テンヌィスはラブの言葉を聞き、改めてアルフォンソを見やる。髪はボサボサ、体の線は細くて頼りなく、どう見ても文系の見た目だ。何か特別な事情があるとは思えなかった。

「それに、さっき言った通り一般人が法力を手にしても、基礎的な身体能力や精神力が低ければ法力を扱うどころか暴走して内側から焼かれて死ぬことになる。でも逆に言えば、身体能力と精神が鍛錬されてさえいれば法力を手にしても問題は起こりにくい。世の中でそんな人は限られてくるわ。そうね、例えば……軍人とか」

 そこまで言って、ラブはアルフォンソの正面に立った。

「あなたは——何者?」

 彼女の目を見たアルフォンソは、一瞬、心臓が止まったような感覚を覚えた。それまで笑いをこらえていた女性とは、全くの別人だった。
 
 怒った表情をしているわけでもない。睨みつけているわけでもない。しかし、アルフォンソを見つめる彼女の瞳の紅色は、まるで虚言者や与太郎を容赦無く焼き尽くす業火の色に感じられた。
 試されているな、とアルフォンソは思った。自分がただ平穏無事に生きてきた人間ではないことは既に見抜かれている。テンヌィスの方もようやく納得がいったような顔をしている。当たり前だ。一般人がテロリストの投げたグレネードに現役兵士並みの速度で反応したり、敵の銃撃に怯えるそぶりも見せずに他人と話せる筈がない。

 ならば、目の前にいる男は何者だ?

 「僕は——」

 アルフォンソは自分のありのままを話した。特に言い繕うこともなく、自分の中で出来上がった言葉を自然に口から出していった。ラブとテンヌィスはアルフォンソの言葉に静かに耳を傾けた。

 その時、アルフォンソは軍人でも記者でも法力使いでもなく、ただの、一人の人間だった。