A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

The twain Swords #1-8

《1989/8/30 PM1:01 スイス WDO世界防衛機関本部》

 登る、登る。

 今の自分にできる、限られた行動。

 他の記者の気配はない。既に逃げた後か、別のルートを逃げているのだろう。逃げ遅れたとは思いたくない。

 電灯が点滅する中、テンヌィスの残した言葉の通りに、ひたすらに非常階段を駆け上がる。
 





 アルフォンソが会議室を出て数十秒後、会議室から爆音が響いた。

 再び爆発物でも投げ込まれたのだろうか、グレネードの爆発音とは少し違うようにも聞こえたが、離れていたため確かなことは分からなかった。
 WDOの隊員達は、テンヌィスは無事なのか。

 それを確認しようとはしなかった。戻ってもアルフォンソにできることなどない。かえって足手まといになってしまうだけだ。

 今の彼にできることはテンヌィスの指示通り、戦場から遠くへひたすら逃げることだった。
 

 何階登っただろうか、さすがに体が疲労を訴えてきた。堪らず手すりによりかかって息を整える。
 敵が追ってきているような様子はない。テンヌィス達が足止めさせているおかげだ。だが他に侵入した敵が本部内をうろついている可能性は十分にある。
 そう思い注意深く辺りを見回していたアルフォンソは、正面の十字路の角に妙な人影を見つけた。


 人影は一人だ。角から頭を出したり引っ込めたり、何やら挙動不審な動きをしている。
 アルフォンソは人影の後ろから、ゆっくりと気付かれないよう近づいた。見た感じ敵ではなさそうだが、油断は禁物だ。

「君は……」

 それまで影の塊としか認識できなかった人影の詳細が見えるようになって、アルフォンソはこの人影の正体に見覚えがあることに気がついた。
 会見前に正面ゲートで出会った金髪の記者だ。
 金髪の記者はアルフォンソに気がつくと、焦った様子でこちらに来るように手招きした。
 そばまで来たアルフォンソに、十字路の影に隠れるように無言で指示をする。

「一体……?」

「しぃーッ」

 金髪の記者が口に指をあてる。何が何だか分からないが、とりあえず言われるがまま、彼の指示に従うことにした。
 
 記者と出会って数十秒と経たず、向こうから何かが近づいてくる音がした。何かを叩く、ランダムだが連続性のある音。
 足音。それも多人数が走ってくる足音。
 そう気付いた瞬間、アルフォンソ達の目の前を5~6人の男達が通り過ぎた。
 彼らの着ていた白い軍服に、アルフォンソは見覚えがあった。WDO戦闘員の軍服だ。
 兵士達は急いでる様子で、近くに潜んでいたアルフォンソ達にも気がつくことなく、目の前を走っていった。
 
 しばらく走り去った兵士の背中を見つめる二人だったが、兵士が視界から消えると、金髪の記者は無言でWDO兵士が走ってきた廊下の奥の方へ進もうとした。

「君! そっちは避難経路じゃないぞ」

 すかさずアルフォンソは止めに入る。すると金髪の記者は何やら迷惑そうな顔で答えた。

「おいおい、こんなチャンスがあるかよ。お前もこの組織の裏を暴きたいんじゃあなかったのか?」

「な……」

 その言葉にアルフォンソは驚き、嘆息した。
 目の前の男はこの混乱に乗じてWDOの秘密を暴くつもりなのだ。
 確かにテンヌィスがあそこまで口を開かなかった情報だ。一般人が正式な方法で手に入れることはもはや不可能に近いだろう。盗みとるくらいしか方法は残されていない。
 
 だが、そこまでするつもりはなかった。
 今、WDOの兵士達は記者達を守るのに必死だ。それを無視して情報を盗み、WDOの足下をすくうなど、彼らを裏切ることに等しい。
 何より命の危険が隣り合っているこの状況で、そのような不埒なことを考える余裕などアルフォンソにはなかった。

「駄目だ! 危険だ、早く避難を……おい!」

 アルフォンソの言葉にも耳を貸さず、ずかずか先へ進む金髪。
 どうしたものかと逡巡したが、先ほどの会見で助けてもらった恩もある。むりやり暴力で止めることにも気が引けたので、仕方なくアルフォンソは彼の後をついていくことにした。
 とりあえず自分の目の届くところで行動させたかったのだ。



 その選択を後で後悔することになるとは、アルフォンソが知る由もなかった。