A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

The twain Swords #1-7

《1989/8/30 PM0:57 スイス WDO世界防衛機関本部》


 新築の廊下から響くのは銃声と荒れた足音。会議室に響くのは逃げ惑う記者達の阿鼻叫喚の声。それらがことごとく混ざり合っていて、騒音とも表現できない何かが生まれつつある。

 平和を謳うはずの組織の本部は今、戦地と化していた。


 戦場ではいつだって何の関係もない一般人が犠牲となる。今回も例に漏れず、取材しに足を運んだだけの何の罪もない記者達が命の危険に晒されていた。
 戦地への取材に慣れている記者もいただろうが、それはあくまで戦場へ行く覚悟と、それなりの準備があってのことだ。会見だけで終わる筈の今回の取材に命を捨てる覚悟をしている記者などいるはずもなかった。

 唯一記者達にとって幸運だったのが、WDOが一般人をも犠牲にしてまで勝利を得るような集団ではなかったことだ。

 テンヌィスは右手を振って合図を送ると、そばにいた5,6人の兵士達を集合させた。

「記者達を裏口に避難させろ、これが最優先だ。手の空いてる兵士は直ちに迎撃準備。よほどのことがない限り敵は殺すな。身元を確かめる必要がある」

 テンヌィスが素早く指示をだすと、兵士は命令通りに行動を始めた。

「皆さんこちらに!」

 一人の兵士が示した避難経路にパニック状態の記者達がなだれ込む。
 兵士の案内した裏口は、記者達が会見前に入ってきた正面の入り口よりもずっと狭く、大勢の人間が一度に通れるような大きさではない。が、逃げるには通らなくてはならない道だ。記者達は我先に命の安全を求めて、まるで仏の垂らした糸に縋るように押しかけた。
 アルフォンソもその混沌に乗じろうとして——金属の塊が床に落ちて転がる特徴的な音を耳にした。

「グレネード!!!」

 アルフォンソと兵士が叫んだのはほぼ同時だった。
 アルフォンソが倒れていたテーブルの裏に身を隠した直後、爆発音と爆風と閃光が辺りを包んだ。
 続けざまに敵兵が会議室の入り口から乗り込んできて、部屋じゅうに銃弾を見舞う。
 アルフォンソは敵が銃弾をリロードする隙を窺って、テーブルの影から敵の姿を確認した。ガスマスクのような覆面に、全身白の戦闘服で銃をいくつもぶら下げている。数は目視できるだけで3,4人だが、他に仲間がいるだろう。
 そうでなければこんな規模の襲撃などできる筈が無い。

 既に床には何人かの記者や兵士の死体が転がっていて、アルフォンソはそれを見て顔をしかめた。
 死体に耐性が無いわけではない。以前紛争地帯に取材に行った経験もあって、アルフォンソが死体を目にするのは初めてのことではない。
 だが、いくら見ても気分のよくないものだし、できれば見たくないものだ。

 ともかくここから何とかして脱出しなくてはならない。正面の入り口は敵が陣取っている。部屋の反対側には裏口があるが、敵の銃撃が激しすぎて身動きできるような状況ではない。
 ちょっとでも身を浮かそうものなら、あっという間に蜂の巣だ。

「……無事か?」

 次の行動を思案していた時、横から声がした。振り向くと、テンヌィスが同じテーブルに身を隠している。

 アルフォンソは頭を上げないようにして、ゆっくりテンヌィスに近づいた。
 肩が触れるくらいの近さまで来て、アルフォンソはテンヌィスに尋ねた。

「一体敵は何者なんだ? 目的は?」

「何も分からん。だが警備をかいくぐってきた辺り相当の手練だろうな」

 そう言いつつテンヌィスは手に持ったハンドガンをテーブルから出して、牽制射撃する。ノールックだが効果があったらしく、敵の銃撃が一瞬止んだ。なかなかの腕だが、いかんせん武器が貧弱すぎる。敵を掃討するまでにはいかない。
 そもそも、今日はただの記者会見で終わるはずだったのだから、大層な武装が用意できてないのは当然だが。

 アルフォンソは考え込むように下を向いていたが、やにわにテンヌィスの肩を掴むと、顔を近づけて言った。

「もう一刻の猶予もない、早く兵士に超能力を使わせるんだ! 中東でやったように!」

 必死の懇願だった。その言葉には一切の戯言も嘘も無かった。
 だがテンヌィスは迷惑そうな顔でアルフォンソの腕を振りほどく。

「……そんなものはない」

 アルフォンソの顔から目を背け、吐き捨てるように言い放った言葉。
 もはやテンヌィスが嘘をついていることは明白だった。
 素人目から見ても何か後ろめたいものを隠している表情、だが頑なとして真実を語ろうとはしない。
 そんなテンヌィスの言葉に、アルフォンソは自分の置かれている状況も一瞬で忘れさり、無意識にテンヌィスの胸倉を掴んでいた。銃弾で命を失うことよりも、怒りで全身が焼け死にそうだった。

「民間人よりも自分達を守ることを優先するのか!? そんなに秘密が大事か! なにが平和維持だ!」

 今にも殴りかかってきそうなアルフォンソの剣幕に、テンヌィスは驚いた。
 痩せ形に眼鏡という、いかにもデスクワーク系の見た目からして、これほどまでに熱い男には見えなかったからだ。しかしテンヌィスのほうも易々と引き下がらない。

「やめろ、アルフォンソ……」

「そんなに秘密にしたいのならいいぞ! 僕は誰にも喋らない! だから早く皆を助けろ! 早く使えッ!」

「使えないッ! できないものはできないんだ、さっさと逃げろ!」

「く……」

 テンヌィスの強固な姿勢に歯噛みするアルフォンソ。
 だが、これだけしつこく問いただしても答えが得られない以上、このままテンヌィスの身動きをとれなくさせるのは非常にまずい事だった。副司令官としてテンヌィスは他の兵士に指示を飛ばす役割がある。

 渋々ながらもアルフォンソは命令に応じるしかなかった。
 テンヌィスの援護射撃で敵の動きが止まった隙に、アルフォンソは一気に裏口へ滑り込む。敵の銃弾が頭の上を掠めたが、気にしている暇などない。止まれば敵の格好の的だ。
 
「階段で上階へ登っていけ! 敵を食い止めていられるうちに、登れるだけ上へ!」

 テンヌィスの言葉を背中に受けつつ、アルフォンソは照明の落ちた薄暗い廊下を、階段へ向けて走り出した。



 その後ろ姿を見届けたテンヌィスは、それまで胸に溜め込んでいたものを吐き出すかのように、息をついた。
 アルフォンソの追及に、敵の襲撃。予想外のことが起こりすぎて思わず挫けそうだったが、とりあえずは一安心といったところか。
 
 この後、アルフォンソをどう説得するかは後で考えるとして、まずはこの事態を収束させなければならない。
 そう思いながら、テンヌィスはおもむろに手元の銃を投げ捨てて敵の眼前へ躍り出た。
 テンヌィスの予想外の行動に、敵兵は動揺し一瞬動きを止める。

「秘密、か」

 ふと、アルフォンソの言葉を繰り返す。思えばあのように胸倉を掴まれて怒鳴られた事など、ついぞ無かったかもしれない。
 彼の口元には、会見で見せていたものとは全く別の、不敵な笑みが浮かんでいた。

 そんなテンヌィスに向かって、敵の銃弾が容赦なく襲う。

「誰だって秘密の一つや二つあるさ」

 その銃弾の悉くが、テンヌィスの眼前で動きを停止させ、地面に転がった。