A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

The twain Swords #1-6

《1989/8/30 PM0:54 スイス WDO世界防衛機関本部》


「バカバカしい……いいかげんにしろ!!」

 記者陣の後方にいた一人の男の記者が声を張り上げた。

「超能力? 魔法? 一体ここをどこだと思っているんだ! ネットじゃあないんだぞ! そんなホラ吹き話は他所でやれ!」

 その言葉が発火材になったのか、次々と他の記者が立ち上がり、アルフォンソをなじり始めた。

「そうだ!この質問は今回の会見と関係ない!」

「時間の無駄だ!」

 その勢いにアルフォンソは圧倒されつつも、決して座ろうとはしなかった。

 いくらか批難はされるだろうと予想はしていた。編集部であんな記事が書けたのも、ひとえに編集長の裁量であって、決して同僚や上司からの評価は良くなかったことはアルフォンソも感じてはいた。

 しかし、アルフォンソの方も負けるわけにはいかなかった。ここで話題を切り替えさせられたら、もうチャンスは二度と来ないだろう。奴らの秘密を暴く一度きりのチャンス、自分を唯一認めてくれている編集長が与えてくれたチャンスである。無駄にするわけにはいかない。

 責め立てられても微動だにしないアルフォンソに、記者達の罵詈雑言はますますヒートアップし、いよいよ会場が混乱に包まれようとしてきた、その時だった。

 「騒ぐなッ!」

 会場に響いたひときわ大きな声に、それまで罵声を吐いていた記者達は一斉に静まり返った。

 記者達は声のした方向に視線を注ぐ。声の主が、一人の記者がゆっくりと立ち上がろうとしている。アルフォンソはその男の顔に見覚えがあった。

 金髪と眼鏡。WDO本部に入ってすぐ会った、落とした漫画を拾ってくれた金髪の記者だ。

「批判なら会見の後でも好きにやればいい……が、今は彼が質問をしているんだ。他の奴らが口出ししていい時間じゃあない!」

 金髪の記者の言葉に、他の記者は渋々ながらも黙って元の席につく。金髪の記者も座ると、アルフォンソをじっと見つめた。
 真剣な眼差し。事の顛末をしっかり見届るつもりなのだ。

 アルフォンソは金髪の記者に頭を下げると、すぐさまテンヌィスの方に向き直った。

 金髪の記者が場を整えてくれたとは言え、戦局は泥沼と化しつつある。
 ここは一気に勝負を決める必要がある。アルフォンソは特大の爆弾を机上に持ち出すことにした。

「……気になっている点がもう一つあります。作戦終了後の中東やアフリカで、一部の反乱兵の行方が分からなくなっています。戦死した人達じゃあないんです。ちゃんと捕虜として政府が管理していた筈の兵士が行方不明になったのです」

「……それは、そこの政府の管理問題では? 我々には無関係だ」

 答えるテンヌィスの顔はいまだ冷静を装っているが、内心穏やかではない。
 今現在、この会場の多くの記者はアルフォンソの考えに否定的だ。だがその勢力図は、テンヌィスの一言で一気に逆転しうる可能性もあるのだ。熟考を欠いた返答は自らの首を絞めることとなる。多大なプレッシャーがテンヌィスを襲っていた。

「いえ、それが違うんです。調べを進めていくと、行方不明になった捕虜に共通点がありました。——彼らは皆、科学では説明のつかない、不思議な力を持っていたと噂されていました。敵兵の位置を感覚で察知できる者、手に磁石のように金属がくっつく者、砂上の移動が異常に素早い者……力の大小はあれど、行方不明になった者は皆このような不思議な力を所有していました。この情報は多数の捕らえられた反乱兵や反乱兵の家族、直接戦闘を行っていた政府軍の兵士、反乱軍に捕虜にされていた民間人それぞれに窺った話で、嘘をついているとも、口裏を合わせているとも思えません。その能力を実際に使用している映像も入手しています」

「……よく調べました、と言いたいところですが……全く話が読めませんね。それで、何が言いたいんです?」

「重要なのはこの状況が、不思議な力を持った敵兵士の失踪が、WDOが作戦を終えてその地から撤退したと同時に起こっていることです。……私は、あなた方が彼らをヘッドハンティングしたんじゃあないかと推測してるんですよ」

 記者達が再びざわめき始めた。特大の爆弾。もしその各地の超能力者と呼ばれる兵士達の失踪がWDOの撤退と同時に起こっているとしたら、WDOの関与を疑わざるを得ない。

 それだけではない。仮に超能力というものが存在しなかったとしても、兵士――それも反乱を起こした人間の失踪にWDOが関わっていることは事実なのだ。

「……」

 テンヌィスはひとしきり黙った後、机上のマイクを掴むと、やにわに立ち上がった。不意の行動に記者達は目を丸くした。アルフォンソも、テンヌィスの一挙一動を見逃すまいとじっと見つめている。

 ざわついていた会場はいつの間にか静まり返っていた。会場にいる全ての人間がテンヌィスの言葉を待ち望んでいる。

 立ち上がったテンヌィスの表情は、不敵にも微笑んでいた。

「アルフォンソさん、貴方の言っていることは……」






 返答の代わりに耳に飛び込んできたのは、鼓膜を破らんばかりの轟音だった。

 同時に地面が上下に揺れ、照明が点滅する。カメラやマイクの機材が倒れた。

 会場にいた記者や警備の兵士達は一斉に腰をかがめた。振動に耐えられず派手に転倒した者もいる。

 アルフォンソは真っ先に地震——だと思ったが、日本ならともかくスイスに地震なんて滅多に無い。
 こんなに大きな地震なら尚更だ。
 
 しばらくして揺れが収まったかと思うと、今度は廊下の外で何やら喚く声と、金属の弾ける音がした。

 記者達は何が起こったのか分からず右往左往していたが、アルフォンソはこの音に聞き覚えがあった。

 銃声。連続で轟くこの音は間違いなくマシンガンの銃声だ。

 銃声が響き始めたのとほぼ同時に、廊下から一人のWDO兵士が飛び込んできた。ひどく切羽詰まった顔だ。あまりにも突然の出来事に記者陣はざわめくこともなく、兵士を見つめる。

「……何があった」

 テンヌィスの質問に、兵士は呼吸を整える為、一瞬だけ間を置いてから口を開く。

「し、襲撃です! 敵の数は不明!」

「……何だと?」

 テンヌィスは静かにそう呟いたが、その顔は驚愕の色を隠しきれていなかった。