A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

The twain Swords #1-5


《1989/8/20 PM 2:47 日本・東京 某出版会社》



「君に、スイスに飛んでもらいたい」

 アルフォンソが部屋に入って鍵を掛けるなり、編集長はそう切り出した。
 突然の出張り命令も、アルフォンソにとってはそれほど珍しいものではない。書く記事の内容は置いておくとして、アルフォンソの情報コネクションの広さと、取材において重要事項を聞き出す能力は一般記者のそれを凌駕している。
 それらを利用したスクープ掌握が彼の仕事の一つ。そのためスクープを求めて外国に飛ぶ事は少なくない。だから今回、スイスに行かなくてはならない理由もすぐに理解した。

「WDO、民間の軍事組織が国連の専門機関として任命された……」

「そうだ。さすがと言ったところか、話が早い」

 民間組織時代から、WDOはアルフォンソがマークしている話題の一つだ。
 前に世界の国際軍事事情の記事を担当していたアルフォンソは、その取材の中で何度も民間軍事組織の名を耳にした。新世紀の軍隊、平和を求める兵士達。数々の異名と功績が彼らの評判を物語っている。

「30日の正午にWDO本部にて記者説明会が開かれる。初の正式な記者会見だ」

「それに出席して欲しいと。しかし、何故僕なんです? 確かにそっち方面の知識は一通り心得ているつもりですが……海外に駐在している記者では駄目なのですか?」

「……この情報は、君に直接渡したかった」

 編集長は一通の封筒をデスクに置いた。何の変哲もない茶封筒だ。
 アルフォンソはすぐさま中身を確認する。写真が何十枚か。それぞれの写真の右上に番号が振られている。撮った順番だろう。
 写真はかなり粗かったが、写ってるものは何とか確認できた。白い制服を纏った男が立っている。
 男のすぐ傍に、ヘルメットを被り迷彩服を着た、一般的な兵士の姿が窺えた。中東の反乱軍の服装だ。反乱を鎮圧するWDOの兵士と対峙しているのだ。

「WDOとして活動する前、民間軍事組織時代から、彼らは文書以外の記録をほとんど残していない。どこそこの任務に参加し、成功した。彼らの活動は結果が書類で語られるのみで、その過程というのは明らかにされていない。その写真も、やっとの思いで入手した物だ」

 確かに、アルフォンソもWDOについてその活躍を良く調べていたが、その活動の内側、どんな作戦、戦闘を行っているかについては把握しきれていなかった。
 興味が無かったというわけではなく、単に規制が強くて知ることができなかったからだ。

「……裏で法を破っているってことですか?」

「そんな陳腐なものじゃあない、むしろWDOはそこらの軍隊よりずっと規範がとれてる。民間人には手を出さないし、敵兵でも最低限の殺傷に留める。そして驚異の作戦成功率ときた。人類の歴史から見てもかなりクリーンかつ優秀な兵士達だよ。だからこそ国連の下部機関になれたワケだ。まぁ、私たちの目から見れば、の話だが」

「じゃあ一体……」

 編集長は切れ長の目を不意に緩ませる。

「ところで君は、オカルトとか大好きだったよな? それはつまり、超能力とか魔法とか言うものも信じているだろう?」

「え? まぁ、なくはないと……」

 あまりに唐突な質問に、アルフォンソは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「それなら話が早い。なに、信じるからといって馬鹿にしたりはしないし、信じないからといって夢のないヤツだと非難したりもしないよ。ただ一つ、その写真を事実として捉えて欲しいということだ」

 編集長の言葉に、アルフォンソはとりあえず写真をパラパラめくった。WDOとそんな話題にどんな関係があるのか。確かFBIがサイコメトリストによる調査で事件を解決した例があったはずだが、その類いなのか。

 2、3枚目にも白い制服の男と迷彩服の兵士が写っている。場所も同じでほとんど動きはない。連射したものなのだろう。
 そのまま続けてめくっていくと8枚目くらいで、迷彩服の兵士の姿が画面から忽然と消えた。1枚戻ると、ちゃんと兵士は画面に写っている。連射の間隔は大体秒間2枚程。1秒未満の間に兵士が吹き飛んだのである。
 強風? だが砂が舞い上がったり白い兵士の制服がなびいている様子はない。地面に穴が空いているわけでもない。

「民間軍事組織、もといWDOが中東で内乱を鎮めた際、現地の人々はWDOの兵士を神の遣いとか、悪魔の化身とかいって恐れ崇めたそうだ。曰く、武器を持たず、手も触れずに敵兵を吹き飛ばして気絶させ、ある者はどこからともなく炎を起こして、敵の陣地を壊滅させたと。記事にするには証拠が不十分過ぎて見送っていたんだが、その写真を見てもしかしたらと思ったよ」

「……写真加工の線は? それか後から別の写真を付け足したとか」

 写真に釘付けになりながらも、アルフォンソは編集長に質問する。

「その写真は現物だ。見て分かるだろうが、いじった跡なんてどこにも無い。7枚目と8枚目の撮影時刻も一致している。写っている人物の身元も判明している。反乱軍の兵士の方は、その後政府軍に捕らえられているそうだ。後付けの可能性はないと言って良い。第一、その写真は我が社の信頼できるジャーナリストが戦場まで出向いて撮影したものだ。スクープ欲しさに画像をいじる奴なんか我が社にはいないよ」

 アルフォンソは写真から目を上げた。

「つまり……WDOは超能力を使って任務を達成している、と言いたいと」

「そうだ。だがまだまだ証拠が足りない。そこで君の出番なんだ。証拠を集め、会見で相手に突きつけて真偽を確かめて欲しい。大勢の記者の前でやれば、下手なごまかしも効かないだろうからな」

 ——つまりアルフォンソの情報コネクションを使って、事もあろうに超能力に関する証拠を集めてこいという。おまけに相手は情報機密万全の国連の専門組織でタイムリミットの会見まで半月も無い。

 面白い、とアルフォンソは思った。今まで色んなスクープを追ってきたが、超能力の実証だなんて。もし会見の場で実証できたのなら、超能力が世界中に広まるのだろうか。まるで、いや、そのまんまマンガの世界じゃあないか。

「……分かりました」

 ちょっとした興奮を押さえつつ、アルフォンソは答えた。