A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

The twain Swords #1-4

《1989/8/20 PM 2:39 日本・東京 某出版会社》


「困るよォ〜エトワール君〜。何なんだい? この記事はぁ〜」

 太った中年の男はそう言って、手元の書類から目の前にいる部下の顔に視線を移した。
 間延びした独特の話し方自体には、まるで緊張感を感じさせないが、言葉の裏には確かに怒気と呆れの気持ちが見て取れる。
 反対に部下は、まるでこうなることが予想できなかったと言わんばかりだ。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔は、男の怒りと呆れをさらに加速させた。

 周りの社員達は、上司の陣取っている窓際のデスクをちらと横目で見たが、一瞬見て満足したのかすぐに自分達の仕事に戻った。
 この状況は彼らにとっては珍しいどころかもはや見飽きた光景なのであり、そんなものの鑑賞よりもキツイ仕事をさっさと終わらせることの方に関心があるのだ。

 渦中の人間であるアルフォンソは、上司の細い目から放たれる鋭い視線を正面から感じつつ、頭を下げた。

「も、申し訳ありません課長。どこか文章が悪かったですか?」

 アルフォンソの言葉を聞いて、課長はもはや怒る気にもなれないという顔で、わざとらしく大きなため息をついた。
 まるで自身の体内に呆れが満ち満ちすぎて、ため息でもしないと体の内側から爆発しそうだと言いたげだ。

「いやいやいや、そういうことじゃ無くてさぁ〜いや文章はいいのよ。君は文筆力もあるし執筆速度も速いのよ。でもねぇ〜」

 課長は急に立ち上がったかと思うと、細い目をカッと見開いた。
 アルフォンソの目には、まるで巨大ロボが起動したように見えた。聞こえはいいが、実際のところ中年の男が目から光を発しながら立ち上がるというかなりシュールな映像だ。

「なんで首相の会見がメインの記事なのに! 会見中に背景に写った謎の飛行物体がメインの記事になってんだよォ〜! 」

 書類に穴を開けんばかりに指差しながら大声を張り上げる課長に対して、顔面に容赦なく降り掛かってくる唾を拭きながら、アルフォンソは至って穏やかに答えた。

「何をおっしゃっているんですか。国のトップとUFOには中々密接な関係があるんですよ。ケネディが暗殺されたのもUFOの機密情報を世界に公開しようとしたためだって噂もあるしソ連でも……」

 アルフォンソは弁明どころか、急にUFOトークを披露し始めた。
 アルフォンソのオカルトや超常現象好きは社内では周知の事実である。大学でオカルトサークルに入っていたとか実家が心霊スポットだとかの声もある。それが長じて平然と記事の話題にそれらを持ち込んで、課長にどやされるのがテンプレだ。文章力や情報収集能力は高めなのだが、いかんせん大本が駄目なら葉も花も駄目駄目だ。それは今回も変わらなかったようで、アルフォンソの弁明……もといUFOトークを聞いた結果、課長の体内の呆れが一気に怒りへ変換された。

「違う! 違う! 違ァ〜う!! そんな一部のマニアックな奴等しか好まない情報なんていらないッ! 首相のスキャンダル問題の会見のほうが3兆倍大事だろォ〜がァ!!」

「いやぁ政府の裏には異星人の意思があるって聞きますし……」

「うがァ〜ッ!!」

 何を言おうが相手はUFOの話題に固執している。しかもタチの悪いことに無意識でだ。
 もはや発狂寸前の課長は、怒りをぶちまけようと手に持った書類を机に叩き付けようとした。そうでもしないと出来の悪い部下のせいで狂い悶えて死にそうだ。
 だが、手を振り上げた瞬間、彼の手から書類の感触が消えた。

 振り向くと、いつの間にか男が後ろに立ち、課長の持っていた書類を手にとって読んでいる。 

「へ……編集長!?」

 課長は慌てて頭を下げた。アルフォンソも編集長の存在に気付き、頭を下げる。

 編集長はそれを全く意に介さず、黙々と手の内の書類——アルフォンソの書いた記事ーーに目を通している。
 一通り読み終えると編集長は無言でアルフォンソの前に立った。その表情はまるで面を被っているかのように感情が読み取れない。

「……アルフォンソ・エトワール君」

「……はい」

 編集長の氷のような冷たい呼びかけに、アルフォンソは返事をするのがやっとだった。
 その後少しの間をおいて、編集長はゆっくり口を開く。

「……素晴らしい!!」

 編集長の無表情が一転して福の神のような笑顔に変わった。

「いいねぇ〜これ!! 謎の飛行物体の形がくっきり写ってる! これ絶対UFO! 間違いないよぉ! ウチの独占スクープ間違いないねこれ!」

「あ、ありがとうございます!」

 興奮する二人を課長と社員達は冷めた眼差しで見つめる。そう、彼らにとってはここまでがテンプレ。飽きる程見た光景。
 アルフォンソが記事を書く。課長がそれにダメ出しする。そして、どこからともなく編集長が——オカルト大好きな編集長が現れてGOサインを出す。
 その一連の流れは完成されすぎていて、もはや一種の美しさすら感じられた。
 ……課長にとっては地獄だが。
 
 それでも最後の足搔きで課長が編集長に尋ねる。

「し、しかし編集長、まさかそれを雑誌に載せるわけでは……」

「載せるよ」

 編集長の即答に、だんだん自分の方が間違っているんじゃあないかと感じてきてしまう課長。
 それでもなお、勇気を振り絞って編集長へ進言を続ける。

「い……いやいやいやそんなァ〜首相のスキャンダル報道を何も関係ない記事に書き換えるなんてそんな……」

「関係がない? 確かにパッと見は全く違う内容だろう。でも詳しく読んでいくと必要なことはちゃんと書かれてある。それもよーく詳細にね。スキャンダルそのものを全面に押し出すよりもこの方がユーモアがあっていいんじゃないか?」 

「はぁ……」

 こじつけじみた説明。しかし残念ながら相手は上司である。ここで「いいえ」と言い放つわけにもいかない。
 加えて、アルフォンソの書いた記事はなぜかいつもウケが良かった。
 何が読者をそんなに惹かせるのか。全く検討もつかないが、うまくいっている以上何を言っても無駄だろう。
 納得したようなしてないような顔で、課長は渋々同意せざるを得なかった。
 
 編集長はアルフォンソに視線を戻す。

「そうだ、アルフォンソ君。君に頼みたい仕事があるんだった。後で会議室まで来てくれたまえ」

 そう言ってその場を離れようとした編集長は、不意に立ち止まるとアルフォンソの方に向き直った。

「とても重要な仕事なんだ」

 編集長の顔は、再び面のような無表情に戻っていた。