A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

The twain Swords #1-2

《1989/8/30 AM11:32 スイス WDO世界防衛機関本部》


「君、ちょっと」

 会見会場に向かおうとすると突然後ろから呼び止められた。
 警備兵かとアルフォンソは一瞬身構えたが、振り返ると声の主は、金髪のメガネをかけた、記者の一人だった。初めて会う人物だ。知り合いでも顔見知りでもない。困惑するアルフォンソに対して、金髪の記者は右手に持っていたものを差し出す。

「落したぞ、君のだろう?」

 彼が手に持っていたものは、漫画の単行本だった。
 確かに、アルフォンソが移動途中に読んでいたものだ。そこでアルフォンソは肩下げの鞄を閉め忘れているのに気がついた。恐らく落すところを後ろから見ていたのだろう。

「ああ、ありがとう」

 そう言って本を手に取る。が、本を掴んでも向こうは離そうとしない。何事かとアルフォンソは金髪の記者の顔をまじまじと見つめる。

「それ、日本のマンガだろ? こんなとこに持ってくるもんじゃないだろ」

 突然の批難、だがアルフォンソはそう言われるのを予期していた。大事な記者会見に漫画を持ち込んでるのだ、責められても仕方ない。アルフォンソは肩を竦め、最もらしい言い訳を返す。

「いやぁ、ここにくるまで時間潰しに読んでて……」

 その言葉は、半分真実で半分嘘だ。機内やバスの移動中での暇つぶしに読んでいたのは確かだ。
 だが単なる暇つぶしの道具、かと言われればそれは違う。どう違うかというと、アルフォンソはこの漫画の熱心な筋金入りのファンの一人なのだ。既刊全2巻を少なくとも50回は読み直した。それほどまでにストーリーに深みがあり、個性豊かな脇役達が魅力的で、そして何と言っても主人公の在り方。正義や悪という概念を投げ打ってでも、身を粉にしてでも仲間を守ろうという強い意思。自分もこんな勇気あふれる人間だったらとつくづく思う。こうやって漫画や小説の主人公に感化されることがアルフォンソには幼い頃からあった。

 だから自分の大好きな物語を、弁解とはいえ暇つぶしの道具と言わせたことへの不機嫌が顔に表れていたのだろう。金髪の記者は本から手を離すと、穏やかな表情をしてわざとらしく両手を振った。

「そう怒るなよ、実は俺もそのマンガのファンなんだ。主人公の普段と本気の時のギャップ! やるときはやる男ってカンジ? あれがイイんだよ〜。それに出てくる女の子達も皆かわいいよなぁ〜。 そうそう、2巻のさ、闇に堕ちた魔女を救う主人公! あれはかっこよかったよなぁ!」

 金髪の記者の意外な言葉にアルフォンソは驚いた。漫画なぞ興味のなさそうな外見なだけに尚更だ。確かに日本のマンガとかアニメは海外でも人気があるが、この漫画が海外に出ていたとは知らなかった。彼の言葉にもでたらめはない。
 だが一つ訂正をするならば……

「魔女じゃない、魔法使いだ」

「あ……そうだっけ」

 金髪の記者は周りの目を憚らずに笑った。つられてアルフォンソも笑ってしまう。そういえば漫画について他人と語り合うことはあまり無かったな、とアルフォンソは思った。仕事場では大体真面目な話しかしないので、同僚からも漫画なんか読まないだろうと思われているのかもしれない。一人で黙々読むのが好きなタイプなので、同僚にそういう話を持ち掛けたことはないのだ。

「……と、時間がないな。会見が終わったらまた話しようぜ?」

「ああ」

「それと、読み過ぎもほどほどにな」

 そう言って金髪の記者はメガネを上げる仕草をする。確かに、アルフォンソの眼鏡はド近眼用の度が強いものだが、マンガの読み過ぎでそうなったと言われるとそうではない。仕事のせいだ。そもそもそっちだってメガネかけてるじゃないか、人のこと言えないだろ、とアルフォンソは口にこそ出さなかったが、内心不満げだった。

 金髪の記者は仲間のカメラマンと共に、人だかりの会見会場に消えていった。後で彼とどんな話をしようか。そんな考えに一瞬囚われて、慌てて頭を振る。
その前に大事な仕事がある。場合によっては彼とは再会できないかもしれない。



 今日、アルフォンソはWDOの裏の正体を暴きにきたのだ。







《1989/8/30 AM12:00 スイス WDO世界防衛機関本部》


 そこは世界中のジャーナリストの博覧会のようだった。
 あらゆる国の記者という記者が集まり、今か今かとその時を待っている。その時——つまり民間の一軍事組織が国連の下部組織に任命されるという、異例の事態についての正式な発表だ。

 会議室は報道陣で飽和していた。会議室はさほど狭いわけではなく、むしろかなり広い方なのだが、人数が人数だ。肩を寄せ合う、という程ではないが、汗やらタバコの臭いやらが充満していて居心地は最悪だ。帰ったら真っ先にシャワーを浴びたいところだ、とアルフォンソは強く思った。

 アルフォンソは何とか前から二列目程の位置に陣取ることができた。カメラを挟んで、代表の席が正面に見える。代表のわずかな表情の動きも読み取れる絶好のポイントだ。

 程なくして、奥から男が現れた。黒いスーツを着こなした3,40代くらいの男。
 会場でざわめきが起こった。

「すみません、会見は総司令官が行う予定の筈では……」

 傍に居た記者の一人が前の男性に尋ねる。
 総司令官、企業時代の社長——たしかファイナスとかいう名だったとアルフォンソは記憶している。その素顔や詳しい情報を明かしたことは無く、謎の多い人物だが、何でも第二次世界大戦からの現場叩き上げの兵士で、戦後に軍事企業を立ち上げたという噂だ。

 しかし目の前にいる男のネームプレートには別の名が記されていた。それに第二次世界大戦が終結したのは1945年。今から44年前だ。目の前の男がそれほど長い時を生きてきたようには思えない。

「総司令官は先の任務で休養中なのです。誠に勝手で申し訳ないのですが、代わりに私……副司令のテンヌィスが話をさせていただきます。質問の時間は後でとらせていただきますのでそこで……」

 テンヌィスと名乗った男は丁寧な口調で対応した。変わった名前だな、とアルフォンソは思った。本名ではないのは確かだろう。

 男の着席を確認し、司会が口を開く。


「では、これよりWDO、世界防衛機関設立についての記者説明会を行います」