A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

The twain Swords #1-1

《1989/8/30 AM11:30 スイス WDO世界防衛機関本部》


 WDO本部はその身をアルプスの山脈に連ねるように、その山々に身を隠すように屹立していた。

 つい最近完成したばかりの、新品同然の屋舎は周りの白銀の山に溶け込むように白く、まるで中世のおとぎ話に出てくる要塞のようだ。とは言っても似ているのは外観だけで、実態は甲冑を着込んだ騎士の代わりに近代兵装に身を包んだ兵士が、これまた近代的な様相のする内部施設で生活するのだが。

 かつて共和制ローマの時代にアルプスを越えイタリア半島に攻め入ったハンニバルがこれを見たら、さぞかし腰を抜かすことだろう。


 WDO正面ゲートの前の身体検査はかなり入念に行われていた。

 ありふれたガラス製の自動ドアの前には銃器を持った兵士が仰々しく立っており、そこから植物の根の如く記者達がそれぞれ列をつくって、順番を待っている。記者一人一人の機材からテープレコーダー、煙草やライターに至るまで、警備兵が厳密にチェックをして通す。
 近未来風のメインエントランスには金属探知ゲートが設置されており、それだけでも危険物を持ち込もうとする人間を弾くことができるが、機械では心もとないという判断だろう。

 通常、軍事基地と同じく一般人の立ち入る事のならない場所、それも記者限定とはいえ初めての民間人に対する公開だ。半ば聖域と言っても過言ではない。それだけに警戒に力が入るというものだ。


 身体検査を終え、その聖域内に足を踏み入れたアルフォンソ・エトワールは、新築ビル特有の工業的な匂いのする空気を肺一杯吸い込み、吐き出した。

 何もかもできたての場所で、自分も生まれ変わったかのような錯覚を起こす。WDOの兵士達は、この建物に初めて入って何を思ったのだろうと、アルフォンソは想像した。

 これから始まる新たな生活に高揚した面持ちでいたのか、ただ生活場所が変わっただけだと、あくまで理性的に受け止めたのか。どちらにしろ今回の国連の下部組織化で彼らの立場は大きく変化した。是非ともそのところの心境をインタビューしたいのだが。生憎と正面ゲートで警備している人達以外に暇そうな兵士はいなさそうだ。

 会見までの時間もない。仕方なく、アルフォンソは会場へ急ぐことにした。


 世界防衛機関——World Defense Organization——縮めてWDO。世界平和と紛争根絶を掲げ、武力を持つ国際機関。それだけでも異例だというのに、さらにその判断は安保理に影響されず、独自に武力行使できるというのだから驚きだ。

 国連の発足当初、彼らは世界の平和と安全の維持を安保理に任せるつもりでいた。
 しかし米ソ冷戦で常任理事国の拒否権に阻まれ、安保理内部の相反する二つの主義——資本主義と共産主義ーーのせいでその責任を十分に果たせなかった。
 だから、何者にも染まることのないただ一つの思想、世界の恒久な平和を理念とする集団を創ることが、主義と思想だらけで混沌と化した世界の平和維持の為に必要だった。

 その為に作られたWDOという組織の原型は、もともとは大戦後にできた一つの企業であった。
 いわゆる民間軍事会社である。

 大戦終結で行き場のなくなった兵士や傭兵を雇用し、警備や輸送、小国の軍隊の指導を行う。
 そこまでは軍事企業として一般的だが、彼らの変わったところは、利益よりも平和的解決を優先する点だ。
 直接戦闘では敵兵の殺傷は最小限に留め、いくら利益が出る戦闘でも規模が大きすぎると判断すれば拒否する。なんでも社長の理念に則っているらしい。
 
 民間軍事会社は少しずつだが着実にその人員を増やしていった。企業には様々な人種や思想の兵士がいたが、衝突して抗争や事件に発展するようなことはなかった。兵士達はあくまで平和的な解決を第一目標とし、そこに異なる思想や主義は入り込まない。そこにあるのはただ一つだけ、地球人としての地球単位での主義思想。

 そこに国連は目をつけた。主義の入り乱れる安保理がうまく機能しない一方、これまでの主義を捨てて、思想を一つにした民間軍事会社
 国連は社長に話を持ちかけた。利益や地位の話ではなく、世界平和の話だ。社長は承諾し、WDOが出来上がった。そして設立に際して兵士達に提供された新たな住居兼職場がこの建物だ。


アルフォンソはこれから平和の礎にもなろうという場所に立っているのだった。