A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ #14 「Blue Devil」

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 所長室でアルドロの手当をしていたエーカーは止血を終え、それまで体にたまっていた疲労を吐き出すかのように溜め息をついた。あれだけボコボコにやられたというのに、骨折しているような箇所はどこにもない。体の丈夫さと運の強さだけは敵わないと呆れ半分に感心していると、突然携帯の呼び出し音が鳴り響いた。発信元を確認したエーカーは、廊下に出て通話ボタンをプッシュした。
 





 デリブは暗闇の中で一人震えていた。倉庫の奥の木材の陰。体中傷だらけだ。外ではサイレンが絶え間なく鳴り続け、定期的に警備兵が走っている足音が聞こえる。両手で祈るように携帯を持ち、電波の先の相手をひたすら待つ。永遠に続くと思われたコール音が不意に断ち切られた。

「俺だ! デリブだ!!」

 回線が繋がった瞬間、デリブは声を張り上げた。

「あー、あんたか。どしたー?」

「た、助けてくれ! 敵に見つかったんだ! 今追われてる!」

「いや、そりゃ無理よ。俺も今任務の最中なんだ。しっかし珍しいな、お前がヘマするなんて」

 エーカーの返答からはデリブの言葉に対する動揺や焦りは一切無かった。そのことがデリブを余計に焦らせる。

「そんな悠長なこと……ッ! た、確かにおかしいんだ! この任務何かおかしい! いくら探しても特派員ってのがいないんだ! 約束の時間はとっくに過ぎてるのに!」

 デリブの潜入は完璧だった。そう易々と一国の重要拠点の一つに潜入できるものではない。間違いなくデリブの実力は任務を成功させることができるキャパシティを上回っていた。だが、アクシデント——荷物の受取人が姿を現さないというアクシデントが無ければ。

「確かに約束の地点に、約束の時間に着いたんだ! なのにどうして……」

「まーそりゃー来ないだろうねー」

「……?」

 予想だにしなかったエーカーの返答に、デリブの思考はネコを轢きそうになったトラックの如く急停止した。

「……今、何て言った?」

「だってさ、そんな任務存在しないんだから、来るはずないんだよね」

「え?」

 思いもよらない言葉。必死に理解しようとするデリブに、

「本当に君にお願いしたいのはね、そこで死んでほしいんだ」

 決定的な死刑判決が言い渡された。

「何を……」

「だからそこで死ねばいいんだ。難しい話じゃないだろ?」

 デリブの脳はもはや機能していない。叩いても出るのは理解不能のエラーメッセージだ。

「何を言ってるんだエーカー! お、俺をハメたっていうのか! 何のために!」

 その理性が消し飛んだ代わりに混乱と怒りがデリブの体中を支配している。それらが言っている。『何故、何故なのだ』と。

「おいおい、落ち着けよ。見つかるぞ?」

「黙れえッ! こっちの質問に答えろぉ!」

「教えたところで無意味さ、お前死ぬもん」

「ふざけるなッ! さっさと答えろと言ってるんだ!」

「そう焦るなよデリブ、お前は……」

「何故嘘の任務を受注させた! お前の目的は一体……!」


「わめくなァーッ!!!」


「ッ!」

 突如放たれた怒号に、デリブは鷹の鳴き声を聞いたウサギのようにその身を強ばらせた。

「クソったれのガキの分際で私に指図できると思っているのか? お前はそこで死んで蛆虫のエサになる。初めっからそういう手筈なんだよ」

 電話の向こうで話している人間は、デリブのよく知るエーカーでは無かった。同じ声をした全くの別人だ。

「エーカー……信じてたのに……どうして……!」

「チッ、説明するのも面倒だな……荷物の中身でも見てみたらどうだ? 本来なら運び屋が荷物の内容を覗くのはタブーだが……だが最期くらい、私が許可してやってもいい」

 エーカーの言われるがままにデリブはアタッシュケースから中の封筒を取り出し、乱暴に封を切る。その中から数枚の書類が姿を現した。

「……なんだ、これは」

 デリブは書類の一つに目をやる。そこにはナイツロードのある団員がこなした任務の内容が詳しく書かれ、団長の印がでかでかと捺されていた。

「これでお前の死体には新たな呼び名がつけられるな。ナイツロードの情報を外に売った内偵……中々イカした名前だと思うぜ?」

「ま、まさか貴様!」

 デリブも以前、仲間内の噂で耳にはしていた。ナイツロードの内部の誰かが情報を許可無く拾得し、外部に漏らしていることを。その当時は皆デマだと思っていて本気にしなかったし、デリブ自身も他愛もない流言だと思っていた。
 だがそのスパイは今実際に自分と話している。そのスパイは今自分を陥れようとしている。

「済まねぇけどレッドリガにバレそうなんだよ。お前が代わりに罪を被って死ねば、私はまだ『償い』を続けることができる……」

「『償い』、だと! ふざけるな! これのどこが『償い』だ! 分からねぇ! 分からねぇよ! 何故何も関係ない俺が死ななくちゃならない!」

「他の人間じゃあ駄目なんだ。あんたが一番都合が良かった。利用しやすかった。信じ込んでくれると思った。ただ、それだけ。そ」

 デリブはエーカーの言葉を最後まで聞かずして通信を切断し、ナイツロードにいる同僚の番号をプッシュした。今ならまだ間に合う。助けを呼び、いや、たとえそれが叶わなくともあいつの正体だけは仲間に知らせる。手の中の携帯電話が最後の希望だった。

 だが通話ボタンを押した瞬間、その最後の希望が炸裂音と共に爆ぜた。

「が」

 両手が皮膚の一片をも残さないほどに消し飛び、粉々になった携帯の破片が両目に突き刺さり、デリブを失明させる。

「があぁああああぁぁぁああぁ!!!」

 小型爆弾。携帯の中に小型爆弾が仕掛けられていた。死にかけの青年の咄嗟の考えなど、奴にとっては手に取るように分かるのだ。
 今の爆発音を警備兵が聞きつけたのだろう。軍靴の足音が徐々に大きくなっていき……それが止んだかと思うと、今度は銃が自らに向けられる音がした。


「エエエエェェェェカアアアァァァァ!!!」


 デリブの叫びは銃声に掻き消された。数十発の鉛玉はデリブを物言わぬ肉塊と変え、彼が弁明する機会は永久に失われた。