A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ #10 「Corpse Reviver 」

リアル世界が忙しいので今回短めです。デス。


《研究所2F所長室》

 T国研究所の所長室は人一人の為に作られたとは思えないくらい広い。

 研究書類やサンプルを置くためにスペースをとったのか、あるいは所長の自己顕示欲の象徴なのか……所長が人造人間によって殺害された今、真相を知ることは難しいだろう。

 壁や床は冷たさを示す鉄筋コンクリート製だが、その壁を覆いつくすように本棚が敷き詰められ、床には高級そうなカーペットが敷かれている。部屋には観葉植物、水槽、大型液晶テレビ、来客用のソファー、その他アンティークの小物がそこかしこに置かれており、書類だらけのラボや事務室とはまるで別世界だ。
 惜しむらくはそこで少年一人と人造人間二体による殺し合いが行われていることである。

 1Fの倉庫室前の廊下で殺人ロボ二体と対峙したアルドロは、とにかく逃げることを優先した。敵前逃亡など普段の彼なら絶対にしないことだが、今は満身創痍で、奴等の活動を停止させるウイルスの入った注射も手元にない。そんな絶望的な状況で戦いを挑むなど、自殺志願者のそれと同じだ。
 敵の攻撃を必死でいなし、傷だらけの体を動かしながら、アルドロは後退した。
 だが敵もただ無闇に攻撃を与えている訳ではない。より侵入者の死を確実なものとするため、殺人ロボは相手を袋小路に追い込み、殺すことにした。その終点が所長室。アルドロはついに蟻地獄にはまった。何故なら所長室に窓はなく、出入り口が一つあるだけ。その出入り口も殺人ロボによって固められ、まさにアルドロは袋のネズミ。もはや後は死を待つだけだった。

 持ち前の執念と根性で戦闘を繰り広げていたアルドロだったが、ついに限界が来る。
 殺人ロボの長剣がアルドロの剣を弾き飛ばした。右手に痺れを感じながらも、アルドロは最後の足掻きで殺人ロボの一体に素手で掴みかかる。だが、怪我人同然の彼の攻撃は相手にしてみれば犬がじゃれついてきたようなものだ。反撃の膝蹴りがアルドロの胴体に入り、吹き飛ばされる。壁に背を打ち、倒れた彼の眼に映ったのは、トドメを刺そうと自らに近づく二人の影だった。

 
 殺される。

 
 不思議にもオレはその時恐怖を感じなかった。身体中の痛みで恐怖心が薄れているのだろうか。それとも死という余りにも残酷な状況に呆然とすることしかできなくなっているのか。
 いや、違う。悔しいからだ。
 目の前の殺人ロボを倒せなくて、あのリーダー気取りのクソジジイを見返せなくて、英雄に認められているあいつを越えられなくて、悔しすぎて恐怖を感じないんだ。
 そんだけ悔しいってのに怒りはなく、代わりにあるのは自身の無力さと惨めさへの憐れみ。普段よりもひどく冷静に、オレはただ自分の死を静かに待っていた。

 殺人ロボがオレのそばまで近づくのに、永久に近い時間が経った気がした。気付いたら奴はオレのそばにいて、その手の長剣を振りかざし、今にもオレの命を奪おうとしている。オレはその闇のように真っ黒な剣に目をやり……その剣を後ろから掴む手に気がついた。

 殺人ロボの機械的な手ではない。肌色のれっきとした人間の手だ。殺人ロボも自分の剣を掴まれていることに気がついたのか、背後の存在を確認しようとし、その手に剣ごと投げられてそのまま真横にすっ飛んだ。
 高級デスクを派手に壊しながら飛んでいった仲間には目もくれず、もう一体の殺人ロボはその手の主に襲い掛かる。手の主は悠々とそれを躱し、かばうようにオレの目の前に立ち、殺人ロボと対峙しながら呟いた。

「行動パターンが定常的だな。所詮は量産品というわけか」

 後ろで結わえた長くて黒い長髪。白いヨレヨレのジャンパー。骸骨にそのまま薄い皮を貼り付けたような不健康そうな顔。その男の風貌は、およそピンチに駆けつけたヒーローと呼ぶには少し難があった。

「エーカー、テメェ……!」

 男の登場に、しかしオレは敵意を削がさず言い放った。死ぬのは嫌だが、この男にナメられるのはもっと嫌だった。

「助けに来いなんて一言も言ってねえぞ! オレが倒して戻るから待ってろって言ったよな!?」

 口から言葉が出るごとに体に鋭い痛みが走り、口の中の血の味が増す。そこまでしてオレはエーカーを攻め立てたが、エーカーの奴は返事をせず、懐から折りたたみ式の剣を引き抜いた。

「おい! 聞いてんのかテメェ……ッ!」

 立ち上がろうとしたオレの喉に剣の切っ先があてがわれた。剣を突きつけた本人――イリガル・エーカーが、ニヤリと笑みを浮かべながら口を開く。

「勝手な行動して死にかけて……それでもまだ抗うってか。手前は恐怖ってやつをどこに落っことしたんだろうな? 俺はここでお前が殺されるのを茶でも啜って眺めることだってできるんだが」

「クッ……」

 エーカーの容赦無い言葉が突き刺さった。そりゃあオレの行動は誉められたモンじゃないけどよ……

「だが、生きてただけたいしたもんだぜ。てっきり死体を持って帰る仕事が増えたかと思ったんだがな」

「……オレはまだやんなきゃならねえことがあるんだ。こんなとこで死んでられるかってんだ」

 そういってオレは腰のポーチから空になった注射器をエーカーに見せつけてやった。さっき殺人ロボを仕留めたモノだ。それを見たジジイの笑みが一瞬にして消える。

「……思ったよりやる。小僧、俺ぁお前のことを勘違いしてたらしいぜ」

「へっ、やっと認める気になったか」

「ああ」

 そのままエーカーは能面のような表情のまま背中を向けて、

「……一体倒したくらいで調子に乗ってる青二才ってことがなぁ!」

 いつもの最高にイラつくスマイルで振り向き、オレを指差してきた。死ねばいいのに。



《B-00量産型残り7体》



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アンジャスト・ナイツのタイトル、全てカクテルの名前から取っているのですが、今回タイトルが決まらなくて悩みました。まぁいつも雰囲気とかで適当に決めてんですけどね。

それではスクリュードライバイバイ。(渾身のギャグ)