A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ #9 「Bull Shot 」

色々オワタので更新




 通信を終えた一刹那後、オレは上半身を思い切り後ろにそらした。殺人ロボが飛ばしてきたナイフがオレの鼻先をかすめる。

 もう驚いたりはしない。相手は人間じゃない。バケモノだ。だがスキがないわけじゃないだろう。わずかなスキを見逃さず、手元のウイルス入りの注射針をブチ込んで停止させる。これが勝利条件だ。

 すぐさま体勢を立て直し剣を構える。相手がスキを見せるまではやり合うしかない。ただし、注射をブチ込む体力を保ったままで。

「来やがれ!」

 自分を奮い立たせるためにそう叫ぶ。コイツを倒してあのクソジジイを見返してやるんだ。絶対に。





《研究所1F》

 殺人ロボ……もとい、改造人間B‐00量産型。研究所で反乱を起こした10体のうちの1体は研究所の入口を見張っていた。

 日光を取り入れるために取り付けられたガラス窓や、大きなポットに入れられた観葉植物、研究所のロゴで飾られた受付。暗くなりがちな研究所のイメージを少しでも明るくしようとした所長の意向がエントランスに見て取れる。だが現在はガラス窓はことごとく割られ、観葉植物は倒され土が床に散乱。受付に至っては研究所のロゴを覆い隠すように血糊がべっとりと付着しており、どうみても快く訪問できる場所には見えない。

 おまけに所長はそれまで可愛がってきた殺人ロボに、ガラス製のドアを投げつけられ体を縦に半分にされるという仕打ちを受けて天に召され、研究所は完全に10体の反逆者に支配された。最早一般人は足を踏み入れたが最後、所長の二の舞を踏むことは必至だった。

 殺人ロボはひとり、招かれざる訪問者の為にエントランスの中心に立っている。傍から見ればボーっと突っ立っているように見えるかもしれない。だが、この時点で既に蟻の一匹も通さない防護壁が完成していた。

 赤外線センサを備え付けられた眼はサーモグラフィーのように微かな温度変化を見逃さず、聴力は100m先の異音も聞き逃さない。そして異常を発見した瞬間、手元に収納された小型ナイフが射出され侵入者の喉を切り裂くか、銃弾並みの初速の脚力で侵入者に接近し頭蓋を叩き割るまでだ。

 だから研究所の外から微かに土を踏みしめる音がしたとき、殺人ロボは前者を選んだ。それまでの大木のような直立不動の姿勢から一転、暴風のような動きでナイフを投げようとする。

 銃声が研究所の外から3発。1発は今まさに殺人ロボの手から放たれようとしていたナイフを弾き返し、2発は殺人ロボの両目に直撃。視力を一時的に奪った。

 堪らず殺人ロボは仰向けに倒れる。追い討ちをかけるように黒い影が夜叉の如く近づき、殺人ロボの頭部に細い棒状の物体を突き刺した。

 殺人ロボは必死に今の攻撃を分析しようとしていたが、時既に遅し。頭に流し込まされた液状の異物がその思考を完全に停止させた。





 殺人ロボが完全に活動停止したのを確認して注射針を引き抜く。アルドロの言った通り入口には1体のみ。その情報があるからこそ大胆な突入が可能になるわけだが。置き物同然になった殺人ロボをしばらく眺めてると残りの2人が追いついた。歳を食ってるほうはいささか疲れ気味だ。肩で息をしている。

「い、イクス……てめぇよお……突入するとはいったが……そんなに急ぐこたぁねぇだろうよぉ……」

 エーカーは汗だくになりながら先程の俺の行動にケチをつけてくる。トラック内でのあの反射神経には正直驚いていたが、どうも持久力は無いらしい。それとも疲れた『フリ』をしているだけなのか……

「確かにお前達の速度に合わせることもできた……だがその場合、研究所に入ることも適わずにダーツの的になってたがな」

 そう言いながら殺人ロボの手元のナイフを指し示す。それを見たエーカーは顔をしかめた。

「あの距離で既にこちらの命を奪う用意はできてたということですか……予想通りの強敵、ですね」

 デルタがいつになく真剣な眼差しでその強敵の骸を見る。接近しないと完全に仕留められないという点で俺達は敵に対して遅れをとっていた。

「ここでじっとしてるのもまずいな。どうするエーカー?」

「ああ、大勢で1体ずつ殺ってくのが安全と思ってたんだが、通路が意外に狭いな。密集してるところを攻撃されちゃ手も足も出ない、危険かもしれないがここは分かれて行動しよう。注射器は残り9本……1人3本ずつだな。ほらよ」

 エーカーから注射器を受け取り、そのまま散開する。俺が向かったのは1Fラボ。アルドロの情報では殺人ロボは2体いるという話だが、あれから少し時間が経っている。確実に2体いるという保障はない。俺は両手で銃を構え、暗闇に足を踏み出した。





 エーカー達が動き始めたのと同時刻、アルドロと殺人ロボの一騎打ちは未だ膠着状態にあった。

 それは2人の力関係が拮抗しているからではなく、一方の優勢にもう片方が防戦を強いられ、その状況がもう何十分も続いているからである。

 アルドロが意図して下手な攻撃を避け、相手のスキを伺いつつ体力を温存しているというのもあった。だがそれ以上に実力の差が大きすぎる。そもそも相手は人造人間。疲れという概念が無い以上それによるスキが生まれることは決してない。更に言えば普段、『攻撃は最大の防御』を体現したようなスタイル、敵の真正面から突っ込んで攻め立てる戦い方をするアルドロが慣れない持久戦を行っていることも劣勢の一因と言えるだろう。疲れを知らない人間離れしたバケモノと本来の戦い方ができない普通の人間では最早顛末はは火を見るより明らかだった。

 ついに膠着状態が解かれた。中々スキを見せない殺人ロボに痺れを切らしたアルドロは、防戦から一転、攻撃を加えようとした。その一瞬のスキを見逃さず、殺人ロボは回し蹴りを放つ。常人では視認できない程の速度のそれはアルドロの無防備になったボディを的確に捉えた。

「がッ」

 クリーンヒット。ロケット砲の如く吹き飛んだアルドロは一瞬意識を失いかけた。勿論受け身など取れるはずも無く、壁に激しく体を打ちつける。追撃に、その衝撃で崩れた天井の破片が傷だらけの彼の体を容赦なく打ちのめした。

 ぼやけた意識を何とか持ち前の根性で繋ぎ止めつつ、仰向けになった体を起こそうとする。が、思ったよりダメージは深く体が中々言うことを聞かない。もたついているアルドロの真正面に人型が立ち塞がった。

「――ッ!」

 殺人ロボはその手の長剣を下に向け、今にもアルドロの心臓を貫こうとしている。勝負は決した。あとに待つのは至極単純明快な結末。勝者による命の収奪だ。



 だが、そこで勝利を確信したのはアルドロだった。



 殺人ロボが感じたのは、自らの剣が人肉を切り裂く感触ではなく、剣がセメントの床に突き刺さる感触。
 殺人ロボが聞いたのは、侵入者の断末魔ではなく、金属を叩くようなシャープな音。

 今そこで足元で倒れていたはずの獲物は、忽然と姿を消していた。

 殺人ロボが状況を理解しようと動きを止めた一瞬、まさにその瞬間、殺人ロボの背後の影がゆらめきアルドロが飛び出した。勢いを利用した剣ではなく針による一撃は対象の頭部を見事に打った。

 攻撃を受けた殺人ロボは反撃のために体を反転させたが、ウイルスが作用したのかそのままバランスを崩し人形のように倒れた。





「へへ……やったぜ……」

 『獅子を討ち取るには獅子が獲物を狙う瞬間を狙え』……この前パラパラ読んでたマンガにそんなことが書いてあった気がする。派手に転倒したままピクリとも動かない殺人ロボを見てオレは満足気に呟いた。

 相手の攻撃を影を潜ってかわし、死角から反撃する……さっきエーカーの野郎にやった技の応用だ。相手が天井を壊してくれたおかげで照明が壊れ、オレの有利な状況になっていた。正直不意打ちのようなやり方は気が引けたが、半分自己防衛みたいなものだし、暗殺や闇討ちのような完全なヒキョウ技ではない。と、自分に言いきかせてはみるが、やはり本当の実力で倒したかったという思いはある。

(とりあえず、あのクソジジイをちょっとは見返せる……かな?)

 そんなことを考えていると突然背後に殺気を感じた。オレは振り向くことよりも、身をかがめることを優先した。よく他人に直感的だと指摘されるが、その直感が功を奏したようだ。オレの頭上を5、6本のナイフが飛んでいった。そのまま振り向いてたら鼻の穴を増やされていたかもしれない。

 剣を構え、ナイフが飛んできた元を見やる。そこには今倒した殺人ロボと全く同じ姿が2人。恐らくさっきの戦闘を聞きつけて来たのだろう。そのまま突っ込んで交戦しようと考えたが、そういえばエーカーから注射器を1本しかもらってなかったことを思い出した。バカだバカだとは言われてるが、いくらなんでも有効打の全くない状況で戦おうとは思わない。

 すぐさま影に潜り退散しようとした。だが突如、殺人ロボの目から眩しい光が放たれ、オレの目をくらませる。どうやらオレの行動を見越していたらしく、目に備え付けられたサーチライトで照らされ、影を完全に消された。

(畜生……!)

 2体1。おまけにこちらは能力を封じられ……認めたくはないが実力は相手のほうが上。
 
 今ここに絶体絶命の状況が完成したのである。





《B-00量産型残り7体》



======

次回!『アルドロ戦場に散る!』 乞うご期待!(大嘘)