A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ #1「Hair of the Dog」

 民族紛争やテロが頻繁に発生した近代……
 そんな情勢の中誕生し、急成長したのは様々な傭兵組織。そのコストパフォーマンスの高さやフットワークの軽さは、状況によっては戦局をも変えるほどだった。
 中でも、小さいながらもPMCの中ではトップに近い売り上げを叩き出している一つの傭兵団があった。

 その名を……“ナイツロード”。

 本部を海上に持つというだけで特異な印象を持つが、さらにナイツロードを特異たらしめているのは構成人員のほとんどが超能力者であることだろう。

 例えば、法術。法術学の確立によって魔法が体系化され、それまで極秘事項として限られたごく一部の人間しか扱えなかった魔法というシステムは、現在広く社会に出回り、一般化された。だがそれもここ数年間での話であって、高度な魔法技術が完全に社会に浸透するにはまだまだ長い時間がかかる。
 その点においてナイツロードは少なくとも設立当初から魔法を用いた任務遂行を実現させており、魔法技術を導入し始めたばかりの他の傭兵団と比べて大きなアドバンテージを持っていた。

 他にもサイコメトラ、改造人間、ミュータント……ナイツロードに所属する異能者は種々雑多だ。普通では不可能に近い任務であろうが、異能集団である彼らは難なくこなしてみせる。そんなナイツロードの名は傭兵界でも広く知れ渡ることとなった。

 しかしながらそんな彼らであっても、根本的な事は普通の傭兵団となんら変わりは無い。軍事企業にありがちな問題は、ナイツロードもまた抱えている。

 その中でも一躍名が売れたナイツロードにとって密偵の問題は重大だった。

 組織の情報をリークし自身の利益に変える彼らは、あわよくば組織の壊滅に直結しかねない。そのため必ず入団時のチェックは必要不可欠で、ナイツロードも例外ではなかった。

 だが……そこで弾かれる二流ならそもそも放っておいても問題にならないのは明らかだ。問題は……それを掻い潜ってくるスパイ。

 今回はそんな彼ら中の一人に焦点を当ててみよう……







 俺はひどく焦っていた。というのも俺が所属する傭兵団“ナイツロード”の団長、レッドリガに呼び出しを喰らったからだ。

 いや、呼び出し自体はよくあることで、別段珍しくなど無いし問題になることなんて何も無い。例え苦手な相手の会話だとしても、上司なのだから仕方ないだろう。

 それがただの任務依頼なら、だ。

 だが、なぜか俺は急がなければならない気がした。長年の経験か、単なる勘からか、とにかく何か嫌な予感がしていたのは明らかだ。
 それまで一緒に話していた団員達に何も言わせないほど早足で、俺は団長室に向かった。





「待ってましたよエーカーさん」

 ナイツロードの団長、レッドリガは椅子に深く座って正面で手を組みくつろいでいた。白い軍服姿。目が隠れる程の長い前髪。そして、相変わらず口元に笑みを浮かべながら。……その微笑がいわば表向きの仮面であることは言うまでもないだろう。
 団長室は小綺麗に片付けられていて、採光もバツグン。これが戦う男達(女もいるが)のリーダーの部屋なのか、というくらい明るい。俺の部屋とはまるで正反対だ。

「……用件は何なんでしょう?」

 無駄な話は無しにしてレッドリガに訊く。レッドリガはほんの少し間をおいてから、静かに口を開いた。

「単刀直入に言いましょう。ナイツロードの情報が何者かによってリークされています」

 一瞬にして明るい部屋が凍てついた。レッドリガの視線は――両目は黒い前髪に隠れて見えない――俺を真っ直ぐと見据えている。俺は表情を変えることなく質問を続けた。

「……物騒な話だな。内部の人間が? それとも外部の?」

「内部関係者の仕業と見て間違いないでしょう。リークされた情報の中には厳重にセキリュティーが施されていたものもありましたし」

 レッドリガは俺の質問に、今度は即答。ますます部屋の温度が下がったように感じた。氷点下なんてチャチなものじゃない。裸で北極海に沈められた気分だ。寒さにはそこそこ自信がある俺だが、さすがに今のこの状況は体全体に寒気を感じさせる。

「……で、俺は何をすれば?」

「はい、情報を漏洩した人物を特定し、身柄を確保してください。……そうですね、すぐに片付けられる任務では無いので他の任務があればそれと併行しても構いませんよ」

 俺は心の奥底で笑った。こんな任務ものの数秒もかからない。


 ……つまり自分の身柄を今すぐ団長に差し出せばいいのだから。


 きっと最短時間で任務を終わらせたとして俺は伝説になるだろうな。俺の姿を模した銅像でも立てられるのだろうか? もし立ててもらえるのなら遺言でも刻んでもらおう。……返事をするまでのほんの一瞬の間、俺はそんな妄想に囚われた。もちろん捕まる気は毛頭無い。

「了解」

 一礼した後の帰り際、レッドリガの事務デスクの花瓶にハナズオウの枝が一枝刺さっていたのに気がついた。

 ……嫌味のつもりか?気になるんだったら言えっつーの。

 死んでも言えない悪態を吐きながら、俺は団長室を後にした。





 俺がナイツロードの情報を裏世界に流したのは、何も金の為じゃない。もし金の為に情報を売るんだとしたら、もっと上質で需要のあるネタを扱うだろう。俺が情報を流したのは、自分から気を逸らさせるためだ。捜査の目を外部に向けている間に俺が内部でひっそり工作を行う。これがいつものように上手くいっていれば、俺にかかる負担は軽くなるはずだった。
 ……どうやら、今回試験的にいつもと別の方法でリークしたのがまずかったようだ。付け加えれば、前回よりセキリュティー面がかなり強化されていたのもその一因と言えるだろう。
 結果として……捜査の目は内部に向かれ、その役回りとして俺が――情報を漏洩した張本人が――駆り出されることになった訳だ。
 何とも皮肉な話ではある。
 
 自分の正体がバレるようなことはあってはならない。
 やってる自分でも面倒臭いと思う役割だが、もはや俺はその役割を演じている真っ最中。ここでの途中退場は許されない……演じなければならない理由と、動機もきちんとある。

 この世はいわば演劇舞台……とは、誰の言葉だったか。自らの役割を果たし、ここにいる意味を証明する。

 ただの演劇と違うのは、観客がいなかろうが他の役者が次々と舞台を降りようが、自分の役回りを果たす義務があることだ。

 ……つくづく俺は損な役回りだと感じているがな。

「おーい!そこのお前っ!」

 そんな考え事をする俺に向かって突進してくる黒髪の少年が一人。見るからにバカっぽい。

 やれやれ……また嫌な予感がする。









(2015/08/19 改訂)