A地帯

創作小説、ブロント語、その他雑記等。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #25 「Spritzer④」

「遅いぞボウズ」

 突然の登場にも関わらず、エーカーはさも当たり前だというような口調でアルドロに語りかけた。
先ほど自分の命令で本部に突き返したのにもかかわらず、まるで戻ってくるのが分かっていたかのようだ。

「ルセェ、誰かさんが散々痛めつけてくれたおかげでな。まぁ、あんなのオレにはどーってことねぇが」

 ふんぞり返ってみせるアルドロだが、見るからにフラフラしている。持ち前の気力でかろうじて立っているのだろう。

「貴様ッ!!」

 ユーリが拳を振るうと、アルドロの構えていた剣が弾き飛ばされた。その腕はサイのように硬化した皮膚で覆われている。

「くっ……エーカー!」

 アルドロの呼びかけに、エーカーは懐から組み立て剣を取り出し、ユーリの背後から襲いかかる。

 エーカーの放った斬撃を、ユーリは体勢を低くしてこれを躱す。

「こっちだ!」

 その隙にアルドロはオリガを抱きかかえ、手すりを越えて塔を飛び降りた。

 途端に、下から群衆の悲鳴が響く。

 着地など考えていない。
 だが、これでいいはずだ。

 アルドロは己の勘が、今まで以上に研ぎ澄まされているのが分かった。
 己の選択が、今まで以上に正しいものであると確信が持てた。

 あの人造人間達と戦った時にも、こんな感じに吹っ切れたことがあったが、この感覚はそれ以上だ。
 今の彼にとっては、身体中の怪我も痛みも、最早どうでもいいものと化していた。

 オリガを助けられればどうだっていい。

 アルドロに抱えられたオリガも、彼の思いを汲み取ったのか、彼の体を抱き返す。
 はたから見れば無鉄砲な選択かもしれない。だが、オリガには彼の選択に希望が持てた。
 彼の選択が正しいことを信じて。 




 事実、その選択は正しかった。

 塔から落ちてきたアルドロとオリガが、地面に激突しようかというその時、どこからともなくデルタが群衆を掻き分けながら走ってきて、手首の収納装置から何かを射出した。
 射出されたゴムまりのような何かは、大きく広がり、人二人分の大きなマットとなる。

 マットは落下してきた二人を優しくキャッチすると、そのまましぼんで元のゴムまりに戻った。

 エーカーの攻撃を凌いだユーリは、アルドロが飛び越えた手すりを乗り越えて眼下の状況を確認する。二人の無事を確認したユーリは歯噛みしながら、着地したオリガに向けて予備の銃を取り出し、撃たんとする。
 しかし、下で待ち構えていたイクスとエレクの銃と電撃の牽制に阻まれた。

 さらに、塔の背後に身を潜めていたレジーが、球状の物体を投げる。球は空中で爆ぜ、煙が発生した。

 大きく広がった煙は群衆をすっぽり囲み、塔の根元の視界を完全にシャットアウトする。

 煙幕にむせる群衆。

 その混乱から、煙の尾を引いて人影が飛び出した。

 アルドロだ。

 アルドロはオリガを抱え、颯爽と群衆をくぐり抜け、森林地帯へ身を消した。







 アルドロが去る様子を、ユーリはじっと見つめる。

「エーカー……そしてナイツロード……私の願望をよくも消してくれたな……」

 ユーリは漆黒の殺意を滾らせて振り返り、エーカーを睨みつける。
 その状況でもエーカーは、余裕のある笑みでユーリを睨み返した。

「で、これからどうするよ? 執事サン」

「決まってることだ。お前を殺し、奴を殺し、王女を殺す。それまでだ」

「そうか、できるといいなぁ。なんせ、王女サマとボウズが時間を稼いでくれたお陰で——」

 言葉を止め、天上を指差すエーカー。すでに日は没し、一面の暗雲が空いっぱいに立ち込めていた。

 その雲の切れ目から、満月が姿を現す。

「——『私』の時間だ」

 月光を全身に浴び、体が青白く発光するエーカー。

 エーカーの持つ異能力「イル・ムーン」。
 月の光によって細胞が特殊変異を引き起こし、身体能力と法力量を格段に増加させる。エーカーのみが持つ唯一無二の異能。

 その全身から膨大な法力が放出されているのが、少し離れた場所にいるユーリにも感じ取れた。
 法力の圧に押され、肌がざわつき、心臓の鼓動が早くなる。

 ユーリはその感触に懐かしさを覚えた。

 執事として実戦に離れたところに身を置いてから十数年も経つ。
 無論、そのブランクによって『復讐』に支障が出ないよう、王室の目の届かないところで調整はしてきた。
 だが『復讐』の時を迎え、久方ぶりに実戦に身を置いて、ユーリは実感した。

 自分のいるべき場所は、ここだ、と。

 一つのミスで命を落とす緊張感。
 血と硝煙の匂い。

 この場所で得られる全ての感情が、ユーリを戦場に止まらさせていた。

「それが、貴様の異能か」

 興奮した気持ちを抑えつつ、ユーリは問いかけた。

「得意な姿でかかって来るといい——遊んでやる」

 エーカーが目の前の男に手招きをする。それが合図となり——

 黒い影と蒼い影が交差した。








「……すまねぇな」

 
 薄暗い森の中、木々を躱し、アルドロはオリガを抱えて走りながら謝罪した。

 いつもの自信満々に張り詰めた声ではなく、掠れた声で。
 それが自身についた疵のせいではないことは明白だった。

 俺たちの仕事は、オリガを『無事』に故郷に帰すこと。

 エーカーの言うことに、表面では反発しながらも、内面ではある程度理解していた。
 オリガについた疵を見て、アルドロは自分が負った疵以上にそれが痛々しく思えた。

「あんたを守れず、怪我までさせちまった……任務だったってのによ」

「……」

 アルドロの言葉に返事をせず、押し黙っているオリガ。
 ふとアルドロがオリガの顔を伺うと、オリガは金色の瞳から大粒の涙を流していた。

「うおっ!? だ、大丈夫か!? どっか痛いのか?」

 途端に心配になり、問いかけるアルドロ。

「いえ……」 

 アルドロの焦りっぷりに、オリガはすぐに返答する。
 涙を流しながら、オリガの表情はにこやかなものだった。

「きっと来てくださると、信じてました」









 空中を飛び回る二人の男。
 エーカーは法力によって、ユーリは自身の能力で発現させた背の翼によって、空中での機動力を獲得していた。

「オラオラどうしたぁジェロイ! 英雄の肩書きは名ばかりかぁ!?」

「エェーカアァーッ!!」

 二人の咆哮と斬撃のかち合う音が、辺りにこだまする。

「……どっちが悪役か分かんねぇな」

 その様子を見て、レジーは嘆息した。

「さぁさ、見世物じゃねぇんだ。安全なところへ避難しな」

 争いが起きるはずのない街で起きている激闘。
 それを物珍しそうに眺めていた野次馬たちを、レジーは両手を振って追い払う。

「オレたちも加勢するか?」

 上空で繰り広げられているエーカーとユーリの戦闘を仰ぎ見つつ、エレクは隣にいるイクスに問う。

「いや、ここはエーカーに任せる。新手が出現する可能性も鑑みて、俺たちはアルドロを護衛するぞ」

 言うが早いか、イクスは踵を返すとオリガとアルドロが姿を隠した森林地帯へ走る。

「仕事熱心な奴だねぇ」

そう言いつつ、エレクもイクスに追従して森の中へ消えた。







 戦いは拮抗していた。

 自身の異能「プリローダ」により、縦横無尽で攻防一如の動きを見せるユーリ。
 対するエーカーは、異能「イル・ムーン」により強化された瞬発力と法力で、相手の隙をこじ開けようと試みる。

 戦況を変化させたのはユーリだった。

 自身の体をあらゆる動物に変化させる能力……エーカーはその能力への対策として、「敵の四肢の一挙一動を余さず見逃さない」という作戦に入った。
 冴えた作戦とは到底言い難いが、ユーリの尋常ではない異能の発動速度に対応するには、これしかない。
 人間の狭い視野で、ましてや空中を飛び回っている状況ではまず不可能な作戦だが、エーカーの傭兵としての経験と、能力により強化された動体視力がそれを可能にしていた。

 しかし、エーカーが失念——否、思いもしなかったことは、ユーリの背中から『三本目の脚』が生えたことである。
 頑強な鱗で覆われ、不規則に並んだ突起が生えているそれは、大型のワニの尾だった。

 エーカーが尾を視認するより早く、ユーリは身をひねって極太の尾を叩きつける。

 尾の一撃に沈むエーカー。矢の如き速さで空から地上に叩き落とされた。
 土煙が火山の噴火の如く立ち上る。

「終わりだ! イリガル・エーカー!」

 ここぞとばかりに突撃するユーリ。

「距離を、縮めたな?」

 土煙の晴れた先にあったのは、エーカーの笑みだった。
 ユーリが目を見開く。

「フィールド、ジャック」

 エーカーの体から、法力が膨大な圧力を伴って放出された。

「ぐ!?」

 見えない力に押し潰されるように、ユーリの体が地面に叩きつけられる。
 それだけではない。エーカーの周辺の木々は、圧力に耐えきれず枝葉がごっそり抜け落ち、地面から直角に屹立したいた幹さえも、真ん中から割けて倒壊していく。

 まるで法力の磁場だ。

 異能「イル・ムーン」によって体内に蓄積した法力を一挙に放出する大技。
 高純度かつ膨大な量の法力、そしてそれを扱いきれる技量がなければ、到底行使することなどできぬエーカーの切り札だった。

 反射的にユーリは、自らの体を大量のネズミに変換し、逃れようとする。

 だが、体から分離したネズミは、法力の圧力によって次々と潰れてしまった。ネズミの小さな体躯ではこの圧力に持ちこたえられないのだ。

 身動きの取れないユーリに、エーカーがゆっくりと近づく。

 とっさにユーリは、亀の甲羅のように体を硬化させ、防御体勢に入る。

 間髪入れず、エーカーは手にした長剣を振り上げる。
 瞬間、周囲に放出されていた法力が収縮し、たちまち厚さ数ミリの細い刃に内包されていく。

 ありったけの法力が込められた刃を、エーカーは容赦なく振り下ろした。

「ヴィラニアス・エッジ」

 青い閃光が、ユーリの体を斬り裂き、真紅の華を咲かせた。

アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #24 「Spritzer③」

 セントフィナスの広場前に、大きな高台がある。

 石造りだというのに表面は白くて隆起がなく、無骨さの欠片も感じさせられない。気品溢れるセントフィナス中心部の街並みにすっかり溶け込んでいる。

 十数年前、建国記念に建立されたソレは、セントフィナス中の景色を一望できる程の高さだ。

 外に取り付けられた木造の階段は海風で風化しており、つい最近撤去されたため、登れれば、の話ではあるが。

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アンジャスト・ナイツ2/Black Embrace #23 「Spritzer②」

「までゴラァ!」

 王女を抱え、長い廊下を走り去ろうとするユーリを、エレクは追う。

 エレクの持ち前の脚力なら簡単に追いつけるはずだが、ユーリが精製した鴉を薙ぎ払いながら追っているため、なかなか手が届かない。電撃射程内の距離に食い止まるのが精一杯だ。

 電撃を飛ばそうとも思ったが、彼の抱えている王女にも怪我を負わせかねない。
 命中させる自信はあるが、弱い威力で撃っても効果はないだろう。かと言って強い威力で撃てば、王女が黒焦げになる。

 こういう人質がらみの仕事をエレクは得意としない。能力のせいもあるが、先手必勝一撃必殺の戦闘スタイルがあっていないのだ。
 正確さとか慎重さとかいった分野にはレイドの方が向いているが、あいにく相棒は別の相手で手一杯である。ここは一人で乗り切る他ない。

 どうにかして二人を引き離し、ユーリだけを攻撃せねばなるまい。

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